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【き・ごと・はな・ごと(第1回)】師岡熊野神社―筒粥

伝統行事や神事に接する楽しさは、例えて云えば、一瞬にして悠久の時の流れを飛び越え、遥かな時代に心を通わせることとでも云えようか。横浜、私鉄沿線のベッドタウンに今年1千48回を迎える筒粥の神事が執り行われると聞き、でかけてきた。場所は東急大倉山駅に程近い師岡熊野神社である。熊野山縁起によると、天暦3年七歳の少女が御神託を戴いて事が始まったと記されている。以来今日まで脈々と続けられてきたわけだが、そのありようを前にすると、その歴史の重みに何故か感動すら覚える。

古式ゆかしい筒粥は―まず、正月の十四日の朝四時に、宮司さんが境内の裏手にある『の』の池にいき、そこのご神水を戴くことから始まる。西暦七二四に開かれた熊野神社にはふしぎな故事や伝説が尽きないのだが、この池もそう。神様から戴いた水がたまっていてどんな日照りでも干上がることがないと言われていたのだが、近くに新幹線工事が行われて以来、悲しいかなすっかり水量が減ってしまった。それでも毎年の筒粥にわずかばかり利用しているという。

粥を炊き始めるのは午前七時だ。まず、境内にしつらえた大釜の底に葦の筒を入れる。これもあらかじめ宮司さん自らが手作りで準備するそうだ。大麦、小麦、わせ、中て、おく、ひえなどの農作物から雨、風、日、世の中まで、27種の占いと同数の葦筒が約20センチほどに切り揃えられて、ひもで玉簾状に編み括ってある。筒は地域により竹や藁だったりすることもあるそうだが、ここはヨシ(葦を縁起を担いでここではヨシと呼ぶ)を使う。このヨシにも、聞いてみればいろいろイワレがあるらしい。・・・そもそもこの国は豊葦原瑞穂の国。最初に人が住んだのも周りを高い葦で囲まれた国。と、まあこれは古事記に記された神話ではあるけれど、古代より葦はそれほどに人間と係わりが強い植物である、ということ。また葦はヨシアシどっちにも読めるので、吉凶の良し悪しにひっかけた語呂合わせともいえるとか。また筒状のものを利用することにしても、単に米粒が入るからということだけでなく、昔から葦にかかわらず穴の中とか笛とかいった空洞のあるものには皆、いみ籠もるといって聖霊、神様とか霊的なものが宿るといわれていることに係わりがある。竹取物語のかぐや姫もそう。空洞の中に籠もると、それは突き詰めれば母さんのおなか。つまり生命の再生のシンボルということでもあるのだそうだ。

次に―米を入れ、水を浸す。ここで先程の『の』の池のご神水を加え、さらにご神木のナギの葉を入れる。そして火をくべてグツグツ、グツグツと約8時間粥を煮る。宮司さん曰く、ナギの木はもともとが熊野信仰のご神木であるという。いわゆるイザナギのナギであろう。熊野信仰は海洋族の神様の信仰である。むろん海は凪の状態がいちばん嬉しいこと。つまりナギをもって海を鎮める、それでナギの木がご神木というわけだ。ただし、ここで使うナギの葉は通常のナギの葉ではない。クローバーに四つ葉がときどきあるように、ナギも突然変異で先端に一コ余分について、見た目が五つ葉状態になることがごくごくたまーにあるそうだ。それを使う。神様が啓示を与えるために下さった特別な葉なんだということで、その息吹をいただきお伺いをたてるということなんである。それがないと神事が執り行えないというのだが、「ふしぎに筒粥のときに無かったことが今まで一度もないんです」と宮司さんはいかにも自信ありげだ。今回も無事に探し当てることができたというから、まことにふしぎなことである。

午後2時、湯気のあがる粥釜を前に祝詞が始まった。トロトロに煮上がった粥の底から、熱い温泉にのぼせたようなヨシ筒がズルズルと引き上げられて、いよいよ占いのスタートだ。全員が神殿に上がり、氏子代表の立ち会いのもと、宮司さんが葦を一本ずつ小刀で切り裂き、次々に中身の分量が声を上げて公表される。占い分けの目安は多ければ10分、つぎに8分、7分、半分、3分と5段階になっている。結果を記せる占い札が参列者全員の手元に配られているのだが、筆記用具持参の周囲の人たちはかって知ったる風情で結果を書き込んでいる。ギシっと刃の入る音がするたびに固唾を飲んで見守り、結果にアレコレと反応したりため息をついたりと本気な人もかなりいる。ここの筒粥はとても当たると評判なのだそうだ。が、残念ながら今年の結果は―?あまり芳しくなかった。『日照りが心配で稲作が良くない。いいのはソバ、茶、豆。いちばん気になる世の中もそれほど良くない』ざっとこんなところだ。

最後に粥がふるまわれた。食べると無病息災と云われているものだ。

それにしても、葦筒ひとつナギの葉ひとつにしても、ちゃんとしたイワレがあるものである。日頃、単なる行事のカタチとしてボンヤリと受け入れていたものにも、それぞれに込められたイミやふしぎがあるものだ。それらに触れることは極上のミステリーをひもとくに似た醍醐味があるものだと実感した。

粥の中から葦筒を取り出す
筒を切り開いて吉凶を占う
葦筒の米粒は一本一本丁寧に数えられる
窯に入ったのと同じ五つ葉の那木の葉
無病息災の粥が振舞われる

文・写真:菅野節子
出典:日本女性新聞―平成9年(1997年)4月15日(火曜日)号
*写真は、2010年に追加取材し撮影したものです。

き・ごと・はな・ごと 全48回目録

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