夫婦のカタチはイロイロ〜配偶者が障害者になったら〜
今朝方の夢で 私は誰かに「お母さんは、もう元のお母さんに戻らないから。だから、人として当たり前の幸せを生きて欲しいから、悪口も言うんだ」と話したところで、目が覚めた。
泣いていた。実際に。でも、夢の中で誰に向かってその話をしていたのかは思い出せない。一番キョーレツに頭に残ったのは
「これが私の本音か」
と沸き起こった思い。
思い当たるのは、一昨日に母からの電話で「お父さん、コロナになったんやわ」と。「晩御飯、作ってくれたんやけど。まぁ、素麺くらいのもんやけどな。」
これに激怒の私
なぜ、すぐに知らせてくれなかった?(父は2週間前にちょっとした手術をうけたばかり)
なぜ、そんな父に晩御飯を作らせた?(母は左半身麻痺の障害者とはいえ洗濯物干しや食器洗いはできるレベル)
電話でガミガミと言ってしまった。心配が角度を間違えて怒りになる典型的なケース。「早う教えてくれたら、ちょっと買い物してドアノブにかけとくとか、できることもあったのに」と言うと
案の定、母は「あー、もう。あんたに言わへんだらよかったな!」とキレて電話終了。
翌日(昨日)父に電話すると「なんで知っとんのや。あー、お母さんか。あいつもおしゃべりやな。」とハナからこちらに連絡よこす気はなかった様子。
「お母さんにうつるとまた一つ大変やから。早めに知らせてくれたらご飯のまわしくらい、どーにかしたのに」と私が言うと
「お前らにうつすとあかんと思って」と。
「なんで、晩御飯作っちゃったの。感染した人が作ったご飯、夫婦で食べたら共倒れになるでしょ」と言う私に「だって腹減ったて言うんやもん(お母さんが)」と父。呆れて言葉が出ない。なんなんだこの関係は。
55歳で脳出血で倒れて以来、障害者になって11年目の母。
入院児からリハビリはサボるわ、高カロリー食をつまみ食いするわ(結構頻繁に)「これ飲んだら歩けるようになるで」て得体の知れないドリンク買わされるわ(もちろん請求書は父に)、よう分からん宗教やパワースポットにに誘われるわ・・・挙げ句の果てにはリハビリ先でナンパしてきた爺さんに連れ拐われるわで人並みの何百倍もの迷惑を家族にかけてきた母。
心労で父親がゲッソリ痩せても
痩せたのは「私のおかげやな」
と言ってのけて、父や私たち子どもを呆れさせた母。(その後、父は無事に?元の肥満体型に)
障害者になる前は、マイペースで言動も独特ではあったけれど自営業のママさんとして若い子たちに慕われて、人の悪口も言わず、やんちゃ坊主の父を立てて。なんというか、さすが4人兄弟の末っ子らしい可愛がられ上手がそのまま形になったような人だった。
ところが。やっぱり血管切れちゃうちょっと前からどこかしら脳がうまく働いていなかったのか、自営業の経営も不景気の煽りを受けまくってかなり苦しかったせいか、四方八方からお金を借りていたり、なんかこう・・・「簡単に大金手に入りますよー」みたいなグループに誘われていたりで、倒れてから財務関係を父が見たらめちゃくちゃだったらしい。後始末も借金返済も大変だったと思う。
その母は発症後はもう食欲と自己顕示欲のコントロールが利かない非常に扱いづらいゆるキャラみたいになっている。
とはいえ、母は母で何もかもわからなくなっているわけではなく、父が若かりし時にやらかしたオイタの後始末の記憶が抜け切らないのか、「お互い様」と思っているのか、「しょうがないジャーン、障害者なんだし」と人が羨むようなポジティブ思考で自由奔放な振る舞い。
で、
術後まもない夫がコロナにかかって発熱して震えていてもも「大丈夫?私お腹空いたんやけど・・・」と夕食をねだる と言う経緯らしい。
私自身もさすがに40代半ばを過ぎると、我が両親のこととはいえどこかの「夫婦」の姿に見えてくるわけで。
若気の至りでイロイロなオイタをした夫を涙ながらに身重の姿で泳がして、自分は中年超えて障害者になってからやりたい放題の妻と
自分の若気の至りはすっかり置いといて、現在の妻のオイタを子ども達に愚痴りながら妻に悪態の限りをつきまくり、(正直ここでは書けないような暴言を吐いている)でも毎日妻のリハビリに手作り弁当を持たせ、コロナの発熱に震えながら妻に素麺を茹でる夫。
歪なのか整っているのか、この二人から生まれた自分ですらわからない。
二人とも、どっちかがいない状況ではいない方の悪口を吐いている。
でも、別れはしない。
共依存なんだろうな。ちょっと歪んでるが。父は長男でありながら末っ子で後継の母と結婚してしまい、母も望むか望まないかは別として田舎の家と土地を継ぐ立場になって。父を故郷から引っ張ってきてしまって。
お互い離れられない自覚はあるのだろうな。年齢的にも経済的にも離れて生きていくパワーもないし。
表面上に、もっとわかりやすく思いやりを表してくれればいいのに。
悪口しか言わないから。波紋が広がる広がる。
ここで、今朝方の夢に立ち返る。母にも父にも、腹は立つが、やはり自分なりに心配が歪んだものなのだと気づく。
悪態は遺伝子がもたらすものか。家庭文化的なものか。
でも、自分でどうにか言い方を換えられたはず。
ちょっと気まずかったんだろう。私の中で。後悔と反省と、欲張りな自己肯定が夢に現れた。
私たち夫婦はどうだろう?どちらかが障害者になった時。死ぬまで終わらない不自由なカラダと自由を求めるココロの狭間で、夫婦の形はどうなっていくのだろう。
てなことを考えた夜。
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