【短編】すれ違いサプライズ
私と彼は付き合って10年になる。学生時代の青春の思い出も、社会人になってからの生活も、全て彼に捧げてきた。友達よりも彼を優先してきたことは、言うまでもない。そんな私の若干重めな愛をも受け止め、応え続けてくれた本当に大切な存在である。ただ、最近彼の仕事が忙しくなっており、彼は真面目で完璧主義なタイプであるため、体調が心配だ。
「いやあ、新しい案件がトラブっちゃっててさ。」
彼はそう笑っているけれど、帰りが0時を回ってしまうこともしばしばだ。これまでも幾度か激務で倒れた経験があるため、少々不安に思いながらも今は見守るしかない。
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僕と彼女は付き合ってもう10年にもなる。生活も安定してきているし、そろそろ結婚してもいい時期だ。そうなればプロポーズの準備をしなければ。しかしまず何からすればいいのやら…とにかくプロポーズや結婚準備に必要なことの情報収集をしよう。なるべくサプライズをしたいものだから、彼女には内密にしなければ。家ではバレてしまうし、仕事が終わったら、会社でやってしまおう。
いざ情報収集を始めるとなんだか楽しくなってしまい、つい時間を忘れ夢中でパソコンに向かってしまう。最初は指輪や夜景の美しいレストランなど探していたが、まだプロポーズもしていないのに結婚式場や新婚旅行、新居などといったまだ必要のないものまで見ている具合だ。彼女には申し訳なさを感じつつ、新案件がトラブルに見舞われて仕事が立て込んでいると嘘をついている。
「そんなに大変な仕事なんだね。体調も気をつけてね。」
そう彼女に言われているため、まだまだばれていないようだ。秘密裏に計画を進めているという刺激的な感情から、帰宅は遅くなってしまうが疲労感などは全くない。
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彼の仕事が忙しくなってから、2週間ほどが経った。相変わらず帰りが遅いままで、2人揃ってゆっくり夕食を取る日さえ少なくなってしまった。その割に彼は体調を崩している様子もなく、むしろ普段よりも調子がよさそうだ。遅くまで仕事に追われていて、しかもトラブルに巻き込まれてしまっているにも関わらず、帰宅して愚痴のひとつもこぼさない、上機嫌そのものである。普段仕事が詰まっているときは、上司やら部下やらクライアントやらに溜まったストレスを私に打ち明け、不機嫌になり、翌朝は会社に行きたくないと駄々をこねるのに。それが原因で何度か喧嘩をしたほどだ。少しカマを掛けてみると、焦ったように
「クライアントの親会社の方に問題があるから、僕たちもあまりトラブルの実情をわかっていないんだ…チームはみんな上手くやってくれているよ。そのお陰でやることは多いけれどストレスはあまり感じないかな。」
と言い訳をしていた。やはり男という生物は単純なのだろうか、あまりにも曖昧で下手な嘘をつく。ふうん、とその場は流したが疑惑が膨らんだ。もし浮気をされていたらどうしよう、この10年は何だったのだろうか。「浮気」という不安を感じてから、一気に悲しさが立ち込めてきた。確かに、これほどまで長い時間を共にしていると、飽られる可能性は大きい。さらに彼のルックスは悪くはないため、言い寄って来る女性もいないことはないだろう。しかし私は彼以外生涯を共にする人など考えられないほどゾッコンなのである。もうすぐ結婚できると思っていたのに。
まだ疑いの段階ではあるが、不安はどんどん膨れ上がる。一旦冷静になり、唯一の親友に相談しよう。彼女は私と彼を引き合わせてくれた、所謂キューピット的存在であり、彼を含め今でも3人仲良しだ。愛の重い私の相談にこれまでも乗ってくれていた。今週どこかで会えるだろうか。
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20時を回り誰もいなくなった会社で、僕は今日も1人PCの画面に向かっている。かなり情報収集が進み、いよいよプロポーズ決行のために本格的に動かなければ。最近彼女から、
「大変そうだけど、今回の案件はあんまり負担は大きくなさそうなんだね?」
と聞かれぎくりとしたが、その場で瞬時に考えた訳を話すと納得してくれたようでそれ以上何か聞かれることはなく安心した。この様子だと、恐らくまだバレてはいないようだ。このままサプライズ成功のために今週で全ての準備を完了させる予定だ。婚約指輪を購入し、当日にディナーの予約を取るレストランも一応下見をしておこう。プロポーズ場所の予定となっている海沿いの夜景スポットもしっかり見ておかなければ…。これは準備に半日ほど必要とみられる。休日の時間をどこか割くしかない。ふと思ったが、まだ彼女の指輪のサイズを知らないではないか。もし本人にこんな確信的な質問をしてしまっては必ずバレてしまう。どう聞き出すべきだろうか。
そういえば彼女が今週、親友と久しぶりに会うと言っていた。これだ、親友に協力してもらい、その日に彼女の指のサイズを上手く聞き出してもらおう。この親友のおかげで僕たちは付き合い、今は僕も仲良くさせてもらっているが、出会う前から彼女との大親友で彼女の好みも僕より知り尽くしているはずだ。結果を共有してもらうついでに結婚指輪の購入やディナーコース、プロポーズのやり方等も助言してもらえれば尚更完璧だ。
彼女の親友に早速連絡を入れると、快く引き受けてくれた。
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久しぶりに彼以外と過ごす土曜日、私と親友はすでに1時間ほどカフェでおしゃべりをしていた。本題の彼の行動について相談をしたが、いつにも無く私の疑いを真っ向から否定してきた。こんなにも普段と異なる行動が彼にみられているのに
「あなたの彼氏がそんなことをするタイプではない」
「真面目で上手く嘘をつけない人だからこそ浮気なんてできない」
「きっと大丈夫だ」
と彼のフォローばかりであったのだ。何だか親友でさえもいつもと違う感じがする。私からの相談はこんな調子で早々に切り上げられてしまい、最近お洒落に力を入れていてリングを集めるのにハマっているだとか、雰囲気の良いレストランに行きたいだとか、海外旅行がしたいだとか言う理想を語られ、会話の主導権は完全に親友へ渡っていた。私にもどう思う?と話を振ってはくれるが、ただ親友自身のおしゃべりに付き合っているだけの感覚である。
いくら親友といえども、ここまで私の相談に共感なく反論され、話を逸らされてしまうと、少しの気晴らしにもならずにむしろ不安は大きくなるだけであった。私が今日親友に会うことは彼も知っていたため、親友と繋がってバレないように手を回したのではなかろうか。完璧主義な彼であればそのくらいするだろう。さらに言えば、その浮気相手とは今目の前にいる親友なのではないか。いや、きっとそうなのだろう。
私の疑いはほとんど確信へと変わってしまっていた。
***
彼女の親友が上手く聞き出してくれたようで、数日後直接お会いし情報共有をしてもらった。指輪のサイズだけでなく、好みのリングデザインや好きな雰囲気のレストランや新婚旅行で行きたい場所などまでも、とにかくあらゆることを共有してくれた。少々僕の最近の行動を不安がっていたようだが、プロポーズのサプライズ計画をしているとは全く思っていなかったらしいため、計画は完璧である。
親友と共にジュエリーショップで婚約指輪を悩みながら購入し、ディナー予定のレストランで下見ついでに食事をし「彼女の好みの雰囲気にここはバッチリだ」と太鼓判を押してもらえ、コースメニューも彼女の好物に合わせて選んでもらった。最後にプロポーズ場所を見てもらった。とにかくこれでプロポーズが失敗することも無いだろうし、むしろ彼女は涙を流して喜ぶだろうと、僕の健闘を祈ってもらった。
当日が何とも楽しみである。
***
親友と会った翌日、彼も出かける予定があると言っていた。私は彼の跡をつけた。
やはり彼は浮気していた。案の定、相手は私の親友であった。2人はカフェで楽しそうに雑談をした後、ジュエリーショップへ入った。親友に何かプレゼントを買ったのだろう。こんなにも高価なものを贈るほど、彼と親友は親密な関係であったのか。そして高級レストランへ入りディナーをし、海沿いで夜景を見るという絵に描いたような贅沢なデートプランを楽しんでいた。
私は泣きながら帰った。人目を憚らず息ができなくなるほど泣いていた。10年間の今までの思い出が全て崩れ落ち、考えていた明るい将来も何もかも失ってしまった。私の人生は彼によってほとんど作られたと言ってよいのに、今日その彼自体を失ってしまい、私は何の意味も持たない空っぽの人間になったのだ。これから生きる意味すら無いのだと、悟った。
***
計画が完成し満足して家に帰ると、顔をぐちゃぐちゃにした彼女が立っていた。彼女は一目散に僕の元へ駆け寄り、手に握られていた包丁で僕の腹部を貫いた。
激痛が走る。血が止まらない。
薄れていく視界の中で、彼女は自身の首に包丁を当てがい、思い切り突き刺した。彼女の首からは、僕の腹部よりも凄まじい勢いで血が溢れる。
僕は彼女の元へ這いつくばって向かう。
流れる血に負けじと、僕が大好きな美しい彼女の瞳から、涙が溢れ続けていた。
***
都内某所 心中事件発生
死亡:20代男性 20代女性
死因:腹部損傷による失血死 頸部損傷による失血死
なお2人は未婚であったものの、女性の遺体には婚約指輪がはめられていた模様。
「おわり」作:新入社員
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