しんぶんきしゃ②【創作文】

 1軒目。事件現場でインターホンを押す瞬間が何よりも嫌いだ。何よりも。
 「何ですか」
 60代ぐらいの女性が、かすれた声で出た。
 「近くで起きた事件について取材してるんですけど、お話し伺えないですか?」
 「何も知らないんで。すみません」
 ここで引き下がってはいけない。
 「ご近所付き合いってどんな感じでしたか?」
 「まあゴミ出しの時にあいさつする程度ですけど」
 質問すると意外に答えてもらえる。
 「どんな雰囲気の方だったとか」
 「ん-、たぶん普通の方でしたよ」
 変な人でしたね、などと言われる可能性は0に近い。大体の人間は普通なのだ。
 「なにかトラブルとか聞かれたことありますか?」
 「そんなことまでは分からないです。もういいですか」
 「あ、朝からすみま」
 強めに切られてしまった。大抵の日本人はやっかいごとに関わりたくない。丁寧に答えてくれたので、良しとする。

 二軒目。さっきよりインターホンを押すまでのスピードは早い。
 「記者のものなんですけど」
 「朝から失礼じゃないですか? 何回も何回も」
 他社の記者たちも同様に取材している。インターホンを押される側からすればどこのマスコミだろうがみんな一緒で、朝の貴重な時間を邪魔してくる人、でしかない。
 「何も知らないって言ってるじゃないですか。人としてどうかと思いますけど」
 「少しだけで」
 1軒目の6倍は強く切られたと思う。怒鳴られるか、嫌がられるか、何も知らないか。居留守か。
 「仕事だから仕方ない」
 人の朝の貴重な時間をインターホンで邪魔する仕事だ。

 休憩を挟みつつ、聞き取れたわずかな情報から、周辺の家以外にも取材をしていく。日が暮れ始めた頃、後輩と合流すると、大きな体はもっと小さくなっていた。
 「記者の仕事ってなんなんですかね。例えばこれで『実はちょっと変な人だと思ってたんです』って記事にして意味あるんですかね」
 「そんなこといいから。とりあえず取材した場所と情報、集約しよか」
 手のひらサイズのノートに走り書きした情報を互いに見せ合った。もちろん記事にできるような情報はない。コピーした周辺の地図を広げて、取材を終えた場所と情報を書き込んでいく。
 「先輩。まさかこの団地全部回る、なんてことは言わないですよね」
 脂汗のにじむゆがんだ笑顔を向けられた。
 「え、フリ? 普通に回るけど」
 後輩の顔から光が消えたように見えた。俺だって嫌に決まってる。 

 【創作文】小説にはなりきれないが、現実の世界の話でもない話。

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