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手触りのあるモノに刻まれた記憶とは

手触りのあるモノに刻まれた記憶とは

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コロナでリモート業務が続いていた週末に、ずっと捨てられないでいたCDの山をリッピングして断捨離するという作業に重い腰を上げて取り組み始めました。段ボールにして7箱。枚数は数えてませんが、ざっとみてもおそらく1,000枚以上はありそうです。ほとんどがクラシックで、中には絶対にストリーミング配信にはアップされないだろう絶版・レア系のものも多数。段ボールに入れたまま放置されていたので、そのまま目をつぶって捨ててしまっても良いのでは?とも思ったのですが、ひとたび開けてみれば、やはりそれらは思い出の詰まった自分にとっての名盤の数々なのです。「ああ、このアルバムは昔、夜の高速道路をドライブしながら聴いていたやつだな」とか。

それを、1枚1枚リッピングしていく作業。配信サービスでも聴けるかもしれないけど、聴けないかもしれない。課金やめたら聴けなくなるかもしれない。以前FLACというロスレス(圧縮前の状態に戻せる高音質フォーマット)でのリッピングに挑戦したこともあるのですが、iTunes(現「ミュージック」)で使用できず、利便性を考えて今回は同じロスレスでもAppleで簡単に扱えるApple Losslessで落とします。1枚数分、1,000枚...。考えただけでも気が遠くなります。

モノに刻まれた記憶の中の原風景

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でもその無意味とも思える作業をしながら感じたことがあるのです。レコードとかCDとか「形あるもの」には、例えば特定の景色だったり、匂いだったり、買ったレコード屋だったり、それに付随する思い出も宿るものではないか、と。

形あるものが、どんどん形のないものにとって変わられていく。楽曲がCDアルバムから配信に。そうなった時に、何か本来の音楽とはまた違った、でもとても大事だったコンテクストも一緒になくなっていくような感覚がします。

お気に入りのCDを聴きながら走った、工場地帯の夜景が幻想的な高速道路。
時間をかけてアルバムを試聴しCDを大人買いしていた、タワレコ渋谷店。

アルバムを一枚一枚段ボールから取り出しながら、そんなことを思い出していました。

立体的な「昔の記憶」、平面的な「新しい日常」

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本来の音楽とは関係ないので、自分が勝手に紐づけた情報なのですが、形あるCDに取って代わる配信音源にこれと似たような感覚を得ることができるか、あまり自信がありません。

コロナ禍を通じてリモートワークが当たり前になった世の中で、直接人と会わずにオンラインで用を足せることに気づいた人々。でもやっぱり、直接会った時に得られる情報って単なる前から見ただけの映像情報だけではないのです。会った場所、その時に流れている音楽、香水の香り、日の射し方。そんなアナログなやりとりは、今後ますますデジタルに取って代られ「直接会えること」もある意味レアな体験になっていくのでしょう。

タイムカプセルと化した段ボールの中に、むかし気に入っていて、最近全然聴いていなかったアルバムを見つけて、あとで聴いてみようと思った週末でした。

真夜中に一人で聴きたいクラシック

Facebookの友達が自分の推しアルバムを紹介するアルバムカバーチャレンジをみていたら、なんだか自分もその気にさせられてしまいました。もはや古すぎて中古しか出回っていないようなのでお勧めしにくいのですが、自分の中でのヘビロテ2枚を紹介させて下さい。

①「アンド・セレニティ〜瞑想するグレン・グールド」

かの名ピアニスト、グレン・グールドの「静かな曲」ばかりを集めたコンピレーションアルバム。最初と最後の曲が、素敵です。(最後の曲「ブラームス間奏曲118-2」は、一般に売られているものとは別テイクの日本版限定ボーナス曲とのこと)

②「ラヴェル:ピアノ協奏曲&左手のためのピアノ協奏曲」

個人的に最も好きなピアニストの一人、マルタ・アルゲリッチ演奏のこのアルバム、もはや聴きすぎて他の演奏が聴けないくらいなのですが、特に第二楽章がすごいです。音と音の間の深淵に潜っていくというか。なお、第一、第三楽章は思いっきり賑やかなので、深夜に聴く時には第二楽章のみをお勧めします。もう一曲の左手のためのピアノ協奏曲はアルゲリッチではなく、ミシェル・ベロフ演奏です。

みなさんの推しアルバムは何でしょう?

そうそう、音楽繋がりで言えば、近日中に支援受付開始のミニマルな高音質BTスピーカーもレビューしてみました。気になる方は、こちらもぜひお読みください。

まつざき

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