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03話 共感

結菜と優斗は連絡を取り合いながら、会う約束を進めていた。ある時、結菜が「私、何歳に見える?」と優斗に尋ねた。彼女の声を聞く限りでは20代後半と優斗は推測したが、女性に対しては実年齢より若く見積もるべきだという教訓を過去の経験から得ていた。その教訓は、ある時女性の年齢を上に見積もった結果、その女性を傷つけてしまったという痛い体験から来ていた。しかし、あまりにも幼すぎる年齢を推測するのも失礼だとも考えていたため、これまでの会話内容から判断し、彼女がアラサーくらいだと答えたのであった。

優斗にとって結菜の年齢はそれほど重要な問題ではなかった。自分よりも若すぎる場合は適切な距離を保つつもりで、年齢が近ければ話題が会うと思うので友達的な関係性を築くつもりでいたのである。しかし、結菜から「実は、私、結婚してて、子どももいるの」という告白があったとき、優斗は一瞬「ふーん」と反応しかけたが、「よし!」という返事をした。それは優斗自身が既婚者であり、同じ立場の人との方が会話がしやすいと感じたからである。

結菜が実際に何歳であるかは彼女の口からは明言されていなかった。優斗には小さな娘がいた。しかしながら、結婚が遅かったため、実際には推定される結菜の年齢よりもかなり年上だったのである。優斗は自身の年齢については特に言及しなかったが、これまでの配信を聞いていれば彼の年齢は容易に推測できた。

結菜と優斗は、結婚生活や子育ての話をし、二人には趣味や好み、悩みなど共通点が多くて、すぐに仲良くなった。でも、会うことにはなかなか踏み切れなかった。それは、二人とも自分の家族には秘密にしていたからだ。結菜は夫とは冷め切っていて、子どもたちにも愛情を感じられなかった。優斗は妻との関係は悪くなかったが、子どもに対する将来の責任感が彼一人に重くのしかかっていた。二人は、自分の家族に不満を持っていることに気づき、罪悪感を感じた。でも、ネットでの関係が現実に影響しないと思っていたが、次第に互いに惹かれていくようになった。

結菜と優斗という二人は、それぞれが結婚という生活状況を共有しているという共通点を持っていた。この共通の境遇が、彼らの間で結婚についての話題を引き出すきっかけとなったのである。それぞれがどのような動機や理由で結婚を選び、そしてその結婚生活がどのように展開しているのかという話題。これらの話題が、自然と二人の間で広がり、深く掘り下げられていった。

「なぜ、結婚したの?」という結菜からの直接的な質問が飛び出すと、優斗は少しの間考え込んだ。彼の頭の中で、自身の結婚に至った経緯や理由を整理している様子だった。

「うーん、それはね。好きな人よりも、生活を軸に考えて結婚したんだよ。」と彼は答えた。彼の言葉は、一見すると感情よりも現実を重視する冷静すぎるような発言にも聞こえたが、結菜はその真意を理解した。

彼が言うには、愛情だけで結婚を決めるのではなく、日々の生活の安定や将来の生活設計を重視して結婚を選んだということだ。それは、恋愛だけでなく、生活全体を見据えた現実的な視点からの結婚観を示すものだった。

結菜は優斗の言葉に思わずうなずいた。恋愛感情だけでなく、生活の安定やパートナーとしての適性を考えること。それが結婚を考える際の、非常に重要な視点であること、彼女自身も自身の結婚生活を通じて学んできたからだ。事実、結菜もまた優斗と同じく、生活を軸にして結婚を選択したのである。この共通の結婚観が、二人の間でさらに深い共感を生むこととなった。

そんな結菜と優斗の会話が進む中で、結菜はあることに気づいた。彼女は、彼が生活を軸にして結婚したことが、彼の内面的な寂しさの原因ではないかと考えたのである。確かに、生活の安定やパートナーとしての適性を重視することは大切だ。しかし、それだけが結婚生活の全てではない。愛情という感情が欠如している状況下での結婚生活は、一定の寂しさを伴うものかもしれない。

結菜は、その寂しさが優斗の心の奥底に潜んでいるのではないかと推測した。彼が配信を始めた理由、彼が話し相手を求めている理由、それら全てが、恋愛感情なく結婚したことによる内面的な寂しさから来ているのではないだろうか。結菜はその思いを強く持ちつつ、自分自身もまた生活を軸にして結婚した女性として、優斗の心情に寄り添おうと思ったのである。

結菜と優斗の間には、共通の結婚観があった。しかし、その一方で、結婚生活の中で感じる寂しさという共感も生まれていた。これらの共感が、彼らの関係性をより深いものへと導くこととなるのだ。

そのため二人は二度目の「初恋」のような感覚に陥っていた。

(つづく)

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