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01話 心を癒す声

コロナ禍の夜の静けさが都市を包み込むなか、優斗は音声配信の世界に足を踏み入れた。音声配信アプリは数たくさんあるが、単に人の声を聞きたいだけだったので人気のなさそうなアプリ「VoiceVeil」(ボイスヴェール)を選んだ。人気がないのはもちろんだがライブ配信を聞く時に自分の姿はほかの方には見えないという、人見知りな優斗にとっては絶好のアプリだった。

このアプリは人気が低いため、ライブ配信の数も少ないのである。使い始めた時、その使い勝手には戸惑いも感じた。しかし、枠に参加しても自分のアイコンが配信者や他の視聴者に見えないことに次第に慣れ、潜って聞く行動を取るようになった。そして、その特性に慣れてくると、多くの配信枠を渡り歩き、聞き役に専念するようになったのである。

結菜は声優を目指し、努力を重ねてきた。しかし、その夢は叶わず、結局は家庭に入る道を選んだ。だが、夢への情熱は消えず、結果として継続的に努力を続けた。声優を目指していた経験が彼女の基盤となり、大手音声配信アプリで活動を展開した。しかし、その活動は大きなプレッシャーを伴い、心の平穏を保つために、大手音声配信アプリでの配信のことは隠し 人気が少ない配信アプリ「VoiceVeil」(ボイスヴェール)でも配信を開始した。

人気のないアプリとはいえ、休前日には多くの配信者たちがライブ配信を行っていた。優斗はまだお気に入りの配信者を見つけておらず、人が少ない配信枠を転々として、ただただ声に耳を傾けていた。

ある日、優斗はいつも通り人が少ない配信枠を巡っていた。ふと入った枠の主の声は、優しさに包まれた心落ち着くものだった。入室者数は1人、つまり優斗だけだった。心地よい声に耳を傾けているうちに、いつの間にか外は明るくなっていた。彼は、その声にすっかり魅了され、いつの間にか眠りに落ちてしまったのだ。

優斗は、夜の記憶を思い出し、確か「結菜」だったかな、検索をして彼女をフォローした。優斗にとって初めてのフォローだった。

結菜は定期的な配信ではなく時間が空いた時に配信をしていた。しかし、その不規則な配信スケジュールにもかかわらず、優斗は彼女の一番のファンで、彼女の配信を聞き逃すことなど一度もなかった。彼女の声が流れるたび、彼の心は癒やされていった。しかし、コメントを送る勇気も、ギフトを贈る力もなく、彼はただ黙って彼女の声に耳を傾けるだけだった。画面の向こうで結菜と楽しく会話している人々や、彼女にギフトを贈って喜んでいる人々を見ると、彼の心は空虚感で満たされてしまった。彼は自分がただの一ファンに過ぎないという現実を受け入れ、彼女の声だけで心を満たすことを決心した。

結菜は、コメントをしてくれない一人ぼっちの視聴者に、不思議なものを感じていた。なぜなら、視聴者数が1人の時はコメントは全くなく、コメントしてくれる人がいると、その人数プラス1人になるという奇妙な現象が起こっていたからだ。

結菜は、その1人が誰なのか気になっていた。コメントもギフトも送らないそのリスナーに対しても、彼女は感謝の意を示すように心がけていた。彼女はその1人が自分の声に引きつけられているのではないかと期待していた。また、その1人に自分をより深く理解してほしいという願いから、自分の名前や趣味、夢などを話すことにした。そして、その1人からの反応を待ち焦がれていた。

一方、優斗は結菜の配信を聞きながら、彼女の話に耳を傾けていた。彼女の名前や趣味、夢を聞くことで彼女に対する好意が深まっていた。彼もまた、結菜に自分の存在を認識してほしいと思っていた。そして、自分の気持ちを彼女に伝えたいと強く願っていた。しかし、その気持ちをコメントという形で伝えるという行為には、彼自身が抱く勇気の壁が立ちはだかっていたのである。

優斗は、友達やネットの人気配信者たちに憧れて、自分も配信を始めることにした。しかし、初めての配信では、どんな話題で盛り上げるか、どんな声で話すか、どんな自己紹介をするか、全く分からなかった。彼は、自分の趣味や好きなことを話そうと思ったが、それだけではつまらないと思った。彼は、リスナーに楽しんでもらえるような配信をするには、どうすればいいのか、悩んだ。

結菜は時間を持て余している際に「VoiceVeil」(ボイスヴェール)をリスナーとして利用していた。音声配信、特に弾き語りを聞くことが好きで、多くの配信者をフォローしていた。新たな配信者を探しているときに優斗のプロフィールに目を留めた。彼のプロフィールには「趣味は写真」と記載されており、写真共有サイト「ImeNext(イメクスト)」へのリンクが掲載されていた。

写真が好きだった結菜は頻繁に「ImeNext(イメクスト)」で写真を閲覧していた。このサイトはプロやセミプロの写真家が多く参加しており、素人の投稿もあるが、全体的に高いレベルの作品が集まっていた。

優斗の「ImeNext(イメクスト)」へのリンクをクリックし、彼の投稿した写真を目にした結菜は驚いた。彼の投稿には彼女が大好きな花や青空の写真が多く、色彩や光の表現、構図が美しく、彼女の心を揺さぶられた。その感動から、結菜は優斗の配信を視聴することを決めたのである。

(つづく)


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