治_ism
旦那・夫・亭主・主人・配偶者の事 細かい事はキリがない いいところ探すが…どこだろう? いつから? この先は? ふふふ…結局のところ私が地獄なのか 生きてるのは修行
50代の主婦。心と頭で消化しきれない思いを残す。 国語力ないのに始めてみた終活の一つ。 日々の出来事。日々の思い。日々の考え。
こんなにも心がスッキリして自分を取り戻せるとは思わなかった。 スッキリして自分を取り戻す為、ちょくちょく出かけてしまう。 あまり隔たりやこだわりもなく。 御朱印も頂いています。 心願成就。 娘と孫たちが怪我病気せず、健康で幸せでありますように御守りくださいとだけ祈ります。
私の人生山あり谷あり 切りたくても切れないもの
久しぶりにパソコンを開く やらなくてはいけないことが終わる 旦那は「毎日夏休みや」という専業主婦の私の生活ですが 私の毎日やらなくてはいけないことは、てんこ盛りです 専業主婦ですが1年のうち4ヶ月はアルバイト そして家事は全て私の仕事です 食事の時も箸を取ることもお茶を冷蔵庫から出すこともコップを出すこともない旦那です そんな旦那は4月の新年度から日勤勤務に替わる予定で 4月から3ヶ月の病休で休むらしい 早期退職する決断力と勇気もなく あくどい性格を前面に出している 4月はア
孫が2人いる。 ホントに目にいれても痛くないくらい可愛い。 子供より孫が可愛いくて仕方ない。 上は7歳、下は2歳。 2人とも男の子で娘の子供である。 7歳の小学1年生が ある日 下の2歳の孫を寝かせる時間に 構ってほしくて、ワガママになり やりたい放題だった。 弟を寝かせるから少し待つように言い聞かせるも駄々をこねていた。 なので私は寝たふりしていた。 そんな私を7歳の孫は 私が死んでしまったのでないかと思ったらしい。 私の携帯に電話をかけて起きないか様子を伺うも私は起きて
私の父方の本家が、京都の西本願寺・大谷本廟に永代供養している。 日々生活していても、何故か、京都行かなきゃと思い立ってしまう。 呼ばれているのかな? 父方の本家の3人が永代供養している。 桜や紅葉のシーズンは、かなり混雑するので避けて行くのが私。シーズンは圧巻だろうが混雑で不調になる自分を想像できるので毎回断念。 そして、行く時には先ず大谷本廟へ向かい、その後は1ヶ寺もしくは1社の寺か神社に行き、御朱印をいただく。 でも、まだ喪中なので神社は除外。 嫁いだ身の私だけど
45歳過ぎた頃から 花を見ると 心が緩む 鳥は姿形がゾッとなるものの さえずりを聞くと 心が落ち着き 木々を見ると 芽が出たり青々した緑葉に 心に活力をもらい 色変わり落葉していく様には 心が再生の力をもらい感謝したり 月は… ほとんど夜には出歩かないので 見る機会もなく 実際にパワーをもらった記憶もない でも近頃は メディアで皆既日食だとか なんとかムーンだとかの話題があると 家からではあるが 月を眺めるようにしている 心が穏やかな夜だから出来ることだ 心と向き合え
旦那が日曜日からサーフィンするため 四国に出かけている 日曜日から木曜日までの3泊4日で 不在 私にとっては 何とも嬉しい出来事なのだ 旦那がいる事が ストレスでたまらないので いない4日間は天国なのだ 日曜日の午前中は孫の子守り 月曜日の午前中はヘアサロン 火曜日の午前中は孫の保育園の運動会 水曜日はDIYして買物 水曜日の今日 旦那からLINEが 明日帰ります と連絡がきた 途端に心がギュ〜っとなる 拒絶と恐怖と嫌悪 とりあえず春頃から続いていた 旦那へのス
少し仕事が忙しいと 帰ってきて溜息ばかりで 腰が痛い しんどい その繰り返し そして3連休 休みに予定もなく 家でダラダラのんびりして リラックスして幸せと思うタイプでない 季節も進み 衣替えや掃除もしない そんなホコリだらけで 風通しの悪い 汚い部屋で身体も心も回復できるわけがない 口出し 手出しすると 決まって オレしんどいんや! その言い方 そのオーラ 私は息が詰まる 息ができなくなる 話し合い… したくもない できない なぜなら… 長くなるから また書こ
恐るべしラルフローレンファミリーセール 娘は従姉妹たちと毎年行っていると聞いていた。今回は初日の金曜日に従姉妹たちが仕事で休めないのでお母さん一緒に行こうと誘われて、日時指定なので言われるがまま登録されて10月14日10時30分〜10時50分の入場指定をゲットして行く事になった。 入場すると透明の買物バックを手に広い会場内は娘と別行動で商品見て回る。最大60%〜30%off しかし、商品定価が高いので60%offとはいえ私にとっては、かなり高価だ。 でも、会場の雰囲気や購
昨日今日明日と3連休の旦那。 昨日は仕事から朝に帰宅。 私は認知症の叔母の様子を見に出ていた。 家に帰ってきた旦那から連絡がきて どこで何してると… 昼前に私が家に帰ると途端に 俺はランチに出かけるとだけ言い放ち出かけていく旦那。 亭主元気で留守がいい 出かけてくれるのはありがたい。 今日は急に朝から娘にランチに誘われるが、悩む…なぜなら、行くなら旦那の昼ご飯を準備していく必要がある。 手っ取り早くチャーハンと味噌汁を準備できると思い行くことにする。 11時半に出かける
チョイスするのが好きだ。 選択するのが早い。 あまり迷わない。 人に相談することも少ない。 先週、黒いキャップがほしくてTHE NORTH FACEに行った。 黒は3種類あり、黒を求めていたけど亜麻色のようなカラーがあり、すごく惹かれたので4種類のキャップから1つを選ぶことになった。 その中から1つの黒キャップを選び試着。決定。 他の物を試着はしない。5分くらいでレジへ… レジまでにキッズ用のワッペンがあり一目惚れ(笑) それも【鮭と熊】…可愛い 【サーモンとベア】と店員
綺麗にスッキリして良い気を入れていきたい玄関。 世間一般で良い言われているもの、鏡・塩などを置き、汚れを気にして掃除も頑張っています。 それは家族の幸せ・健康・富・徳を招き入れ、災いを入れないで阻止するためにも、毎日気を配っています。 履いた靴は泥落としして下駄箱に片付けて今日履く靴だけを玄関に置くようにしている。娘が嫁いで今は夫婦二人の我が家の玄関には庭用のスリッパと靴で四足だけのはず… だが…いつも…旦那の靴だけで少なくても五足は出てる。 何度も注意しても片付けること
散歩中の親子が 私の家の前で、昨日寄せ植えした花を見て 「きれいねー」と言ってくれた。 幸せを感じた。 わたしの記憶の中で、母と微笑ましいとか ほのぼのしたとか…そんなことは一切ない。 今でこそ笑って言えるくらい 生まれてから今まで、母のことは大嫌いだ。 世間体や常識という鎖を振り回し、見栄っ張りと高飛車な鎧を着て 躾という名の暴力を振りかざして、私の子供時代を支配していた母。 しかし子供時代の私は、一人の叔母と二人の祖父に救われていた。 母は8人兄妹の6番目 長男(亡
果物が苦手だった ここ最近は、無花果とマスカットが好きになっている。 好きになると、そればっかり… フレグランスもアロマもないとダメ でも好きな匂いも強いと辛くなってくる。 ずっとそんなことは わがままなのだと思っていた。 拒否ることや、拒むこと 主張することや、こだわることを ことごとく母に制止され押さえつけられていた子供時代。 今思うと その頃からHSPだったのかもしれない。 今現在も娘も旦那も周りの人たちもHSPだとは知らない。 知らせてもいない。 今日は朝か
もやもやする心の内を書く事で落ち着くのか? 心療内科の担当医師が『思っていることを書いて読み返さない』 そう言われて、自宅には7冊のノートが… もちろん読み返すこともなく存在する 捨てる選択はない なぜなら、7冊にも及ぶ最多出場の登場人物が読むことを望んでいるからだ読むことになるであろうと私の考えるシチュエーションは、わたしが死んだあとの遺品整理で娘が見つけて最多出場の登場が読む いやはや一種の終活だ 最