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「明日暇?」が苦手と聞いて

こんにちは。
現在ジョージアはトビリシでワーケーションをしています。

便利な時代になったものです。どこでも働けるし、起きてすぐに働ける。私の勤めている会社では基本会議中のビデオもオフなので、すっぴんパジャマでも関係ない。脳みそだけ仕事に預けて身なりは完全にオフなわけですから、これをマルチバースと呼んでも間違いではないのでは?と思ったりします。

1ヶ月置いて再びジョージアに戻った理由はまたおいおい書こうと思いますが、本日は先日Twitterで流れてきた「明日暇?っていうやつなんなん」という問いに関する取り止めのない話です。

1.「明日暇?」やめて派に対する疑問

1−1.私の立ち位置

はじめに私の立ち位置を明らかにすると、私は「明日暇?」に何も疑問を抱きません。しかしながら私がそれを使うかというと、答えはNoです。

基本的に一人で行動することが多いので、人を誘う時には自分がしたいことが先にあって「この人なら喜んで来てくれそう」という友人に声をかけます。それ故私の誘い方は「これどう?」とリンクを送りつけるというものです。もちろん例外はありますが。

1−2.「明日暇?」やめて派のコメント

Twitterで流れていた「明日暇?」やめて派の方々のリツイートには、「その後の内容によって暇かどうか決まる」「暇だからといって誘いに乗るわけではない」というような理由が多く見受けられました。

言いたいことはわかると思いつつも、私はどうしても心の中で以下のツッコミを抑えられませんでした。

「その後の内容によって暇かどうか決まる」
 →いや、暇かどうかは変わらんやろ。
「暇だからと言って誘いに乗るわけではない。」
 →わかるけど、今そこまで聞いてへん。

何が言いたいかというと、暇かどうか?という問いに対して勝手に先読みをした結果、問いの答えが食い違っているということです。

繰り返しになりますが、言いたいことはわかるのです。ただ、その筋の通らない理由のために、せっかく誘ってくれた人を勝手に悪者にするような雰囲気に、少しモヤっとしたものを覚えたのかもしれません。

2.誘われる側に会話の責任はないか?

少し解釈が大袈裟かもしれませんが、Twitterで何がそんなに嫌なんだろうかとコメントを読んでいると、彼らはその会話の責任を100%誘い手に負わせて、自分は完全に受け身でいながらにして心地よい会話と甘い蜜だけ吸おうとしているようにすら見えてしまいました。

百歩譲って誘いは全て断りたいという人であれば、誘われること自体が毎回ストレスになるでしょうから、そもそも明日も明後日も暇でも誘わないでくれ!となるのはわかります。しかしながら、例に挙げたようなコメントの方は、物によっては誘いに乗ると言っているのです。何かを企画し誘ってくれる人に対しての態度としておんぶに抱っこすぎやしないか?とどうしても思ってしまうのです。

私は、誘うことが勝手であれば、断ることも勝手であると考えています。そこが平等と考えられないと、たしかに誘う側が勝手に誘ってきた、と思うのかもしれませんが、自分の行動を決めるのは自分なのです。

3.「明日暇?」の後の断り方

「明日暇?」の後の会話について、一番シンプルなのは用件を聞いて気乗りしないのであれば断れば良い、ということでしょう。誘ってくれた人は、飽くまで私の明日の選択肢を一つ提案してくれたに過ぎません。それに対して断って関係が悪くなるような仲なのであれば、それは早めに切れて正解の縁だとすら思います。

私は断ることが悪とは思っていないタイプの人間ですが、断る時には以下の3点を伝えるようにしています。

・誘ってくれたことへの感謝
・断りの理由
・未来への繋ぎ

断りの理由は私の場合には大きく2つあります。
1つは本当にそういった類のイベントに興味がない場合、もう1つは興味はあるけれどコンディション的に気が乗らない場合、です。

以下は私の割とリアルな返答です。どの気持ちにも嘘はなく、私はまず自分に声をかけてくれたということが純粋に嬉しいと思います。もしかしたら断ることで誰かを傷つけていたら申し訳ないですが、今のところそれで誘われなくなるという経験はありません。

断り例1
「お誘いありがとう!でも〇〇はいいかな!笑
 久しぶりに話したいし、また飲みに誘うね〜」

断り例2
「お誘いありがとう!すごい楽しそう!
 でも最近疲れ気味だから明日はやめておこうと思う…
 またあったらぜひ誘ってー」

興味がないことをはっきり伝えることは、一見冷たい対応のように見えるかもしれませんが、お互いそれ以降無駄に誘い断り合うことがなくなるので、純粋にプラスの情報であると考えています。逆に、なぜかわからないのにいつも誘いに乗ってこない人に対しては、誘う方も自分の誘いには乗りたくないのかな?と考えてしまうこともあるでしょう。

ただのちょっとした会話に1ラリーの生産性を求めるでもなければ、用件が後に来たところで全くなんの違いもありません。誘う側は受け手に特別な期待を抱いていると思う必要はありません。

これが例えば上司と部下の関係だったとしても、私の言い分は変わりません。しかしながら、私は良いコミュニティに恵まれて生きてきたので、例えば誘いを断ったことで会社の評価に影響を与えるような環境があったとしたら、それはまた別の話ですが。

4.おわりに

「明日暇?」については、私の中ではそんなに文句言うほどのこと?という疑問が大きいのですが、決して私の言い分や感じ方が正しいと言いたい訳ではありません。もし「明日暇?」やめて派はそういうことではないんだよ!という方がいらっしゃったら是非コメントをいただければありがたいです。

私は普段日常的にLINEを使うタイプではないため、必要な時に必要な連絡を必要な人にします。そんな私でも、「明日暇?」「暇だよ、なんかあるの?」くらいのやり取りに煩わしさを覚えたことはありません。

せっかく言葉を持って生まれたのだし、人の気持ちを明確に相手に伝える手段は言葉しかないのだから、もっとたくさん会話をして伝え合うことをすれば良いのにな、なんて思ってしまいます。

聞けばわかるのに聞かないのは、果たして誰の責任なのか?少し面倒があるのかもしれないけれど、自分が動けば解決すること、動いたことで得られることってたくさんある物ですよね。

そんなことを思った昼下がりでした。
本日もありがとうございました。

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