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那須川天心と武尊の試合がなぜこんなに感動したのかを「持たざる者」の観点から解説するので今の自分がイマイチだと思ってる全人類は読んでください


ちょうど1ヶ月前に開催されたTHE MATCH2022。これまでの経緯は2本のnoteにまとめておりますのでご覧ください。

僕は幸運にもこの奇跡的な瞬間に、会場で立ち会うことが出来ました。2022619日に東京ドームにいた56,000人の中の1人でいれたこと、本当に幸せなことだと思います。

高校生の時に格闘技の魅力に取り憑かれてはや27年。これまで数々の大会を見てきましたが、こんなに心が揺さぶられる大会は他にはありませんでした。ではなぜこの大会がそこまですごかったのか、このnoteでは天心vs武尊について、技術の話ではなく、「持たざる者の人生」というテーマでお伝えするので、「自分はどうせ主人公になれない人生だから」と思っている人は5万回位読み直してください。

あ、あとこのTHE MATCHのドキュメンタリーが地上波で無料でやるみたいなので必ず見てください。仕事がある人は退職届を提出した上でお願いいたします。

あらゆる人の想いを背負い、完璧すぎる主人公となった武尊がリングに立つまで

まずはじめにお伝えしておくと、僕は那須川天心ファンです。今回の試合も天心を応援していました。でも、このTHE MATCHという物語は、武尊が主人公になった戦いでした。

まずはなぜ、武尊が主人公になったのかを解説しましょう。

視聴者は、武尊のドラマを選んだ

この試合の実現は、武尊の強い想いがなければなし得なかったと言われています。経緯については以前の僕のnoteに書いていますので割愛しますが、武尊は自らこの試合実現に向けて各所に交渉したと言われています。そしてルールはどちらかと言えば天心寄り。またこの試合の名前の呼ばれ方は「那須川天心 vs 武尊」で統一されていました。格闘技の世界では、通常は先に表記される方が格上の選手です(例:Aという王者とBという挑戦者が戦う場合、A vs Bと表記される)。

つまり、この試合は公式にも「天心の方が立場が上」ということになります。K-1の中ではずっと王者で最優先にされていた武尊がこの条件を呑んだのです。

そうした経緯もあってか、試合直前のAbemaの特番の視聴者投票では武尊勝利予想が7割でした。あらゆる格闘技ファイターの試合予想でも「この試合に賭ける想いが武尊の方が強そうだから、武尊が勝つのでは」という声が多かった。僕が以前書いたnoteで、武尊の事を組織に縛られて自由に行動できず苦しんでいるサラリーマンに例えましたが、同じように苦しんでる人達が感情移入していたのだと思います。

平成格闘技の最終回、THE MATCH

日本格闘技界の頂点とも言えるこの世紀の対決。アンディフグや魔裟斗などかつてのヒーローが作ってきた平成から続く日本格闘技の最終回がこのTHE MATCHだったと僕は捉えています。

現在の日本格闘技の一つのルーツは、1994年にフジテレビのイベントとして開催されたK-1です。そしてそのK-1を少年時代に見て憧れた2人の少年がカリスマとなって相対したのがこのTHE MATCH。舞台は東京ドーム。かつてのK-1が毎年ワールドグランプリの決勝大会を開催していた、伝統ある会場です。しかし、大会直前になってK-1を産んだはずのフジテレビが撤退。フジテレビによって紡がれてきたドラマを、フジテレビが自ら撤退したことで、格闘技業界は新しい道を切り拓いていくしかなくなった。そういう意味で、THE MATCHは平成日本格闘技の最終回なのだ、と僕は思っていました。

開会式セレモニーでは、かつてのK-1のテーマ曲、Princeの『Endorphin Machine』が流れました。少年時代の武尊と那須川天心が憧れたK-1が東京ドームで再現された瞬間。


開会式で2人を呼び込んだのは、高田延彦。彼はかつてTwitter上で武尊と天心、試合やればいいじゃん的な事を迂闊に書き込み、K-1側から強いクレームを受けて謝罪に追い込まれた事があります。そんな彼が、この試合の呼び込みを担当したのです。これまでの因縁を全て飲み込んで、最後を見届けようじゃないかと。

「憧れていた昔のK-1を復活させたいー」。そんな武尊の想いを、あらゆる関係者が実現させた。まさに日本格闘技の最終回にふさわしい、壮大な幕開けでした。

倒れていく仲間たちの思いを背負って

天心対武尊のアンダーカードには、武尊の所属するK-1と、天心の所属するRISEの対抗戦が行われました。この対抗戦もK-1有利の事前予想が圧倒的でしたが、何とまさかのRISEの勝ち越し。これまで国内最大団体だったK-1の代表選手が、格下団体だったRISEの選手に倒され続けました。

特に武尊と同じジムに所属する山崎秀晃と野杁正明も倒され、その後に登場するのが武尊でした。歴戦の友がリングに沈んでいく中で、その最後を託されたのが武尊だったのです。

これ、もう完璧に漫画の主人公のクライマックスですよね。K-1の敗退はもう確定。あとは総大将の天心を武尊が倒すしかない。「武尊、もうお前しかいない。あとは任せたぞ!!!」とK-1の選手とファンたちは武尊に全ての祈りを込めたはずです。

あまりに綺麗すぎる物語。全ての物語が武尊につながっていく。武尊のこれまでの苦悩や葛藤をリアルタイムで見てきたファン達は、完全に武尊に感情移入し、武尊が主人公のドラマに見入っていました。56,000人の観衆の空気は、完全に武尊が主人公モードでした。会場の声援も、確実に武尊の方が大きかった。

こうして、世紀の対決が始まったのです。

主人公が最終回に絶望的に敗北するドラマを見たことがあるか?

「格闘技は、ハッピーエンドで帰れない」という有名な言葉があります。結論から言うと、このTHE MATCHをここまで心揺さぶるものにしたのは、我々ファンを完全に裏切った物語がその後続いたからです。

何が裏切ったかって?だって、感動的になるはずだった最終回で、主人公が手も足も出せず散っていく物語なんて、見たことありましたか?

圧倒的な実力差があった天心と武尊

武尊があまりにも完璧な主人公だったので、僕らは完璧に武尊目線で試合を見守りました。テクニックで逃げ回る天心を、武尊がいつ捕まえるのかー。そんな見立てをしている人が多かったと思います。

しかしそんな僕らの主人公は1人の天才に無惨にも斬って落とされました。試合開始の1ラウンド、天心の左カウンターが武尊にクリーンヒット。これまでほとんど倒れた事のない武尊が、倒されたのです。

完璧すぎるカウンターを決めて倒してみせた天心

武尊を主人公だと思い込んでいた我々観客は、パニックになりました。

・・・え??なんで主人公が倒れてるの・・・?

天心の底力がすごかった

そこからの試合展開はここでは特に触れません。とにかく印象的だったのは、天心と武尊には圧倒的な差があった事。気迫のこもった武尊のパンチも天心には当たらない。天心がスピードで逃げ続けるという展開は事前に予想されていましたが、天心はよけるだけではなく強烈なジャブを何発も武尊に当て続ける。天心もしっかり攻め、完全に試合を支配したのです。

後になって思えば、ですが、それまでくぐってきた修羅場が武尊と天心には雲泥の差があったと思います。あまりに武尊のドラマがキラキラすぎてすっかり忘れてましたが、天心がこれまで辿ってきた道はあまりに過酷すぎた。そんな道程を経てきた天心にとって、武尊はそこまで大した相手ではなかったのではないでしょうか。

長年ライバルと言われていた2人には、実は圧倒的な実力差があったー。これがこの試合で起きた予想外の出来事の一つでした。

どんなに努力しても、天才には勝てない

これまでK-1に出演していた関根勤の背後には武尊の姿が

そしてもう一つ、予想外の事が起きました。それは、試合終了後の武尊の姿でした。
ここまで様々なドラマがあったわけで、どっちが勝つにしても最後はお互い健闘を讃え、爽やかに終わっていくのかと思ってました。格闘技では試合後、勝者がマイクを渡されてマイクパフォーマンスをするのですが、こうした特別な試合は敗者にもマイクで喋る機会が与えられたりします。僕はてっきり、武尊も悔しさは滲ませながらも爽やかで綺麗な言葉を発して大団円を迎えていくのだろうなと思っていました。

しかし、そうではなかった。2人とも泣きながら相互に会話するシーンはあったものの武尊のマイクはなく、一言も発しないままリングを降りる。号泣しながら観客に頭を下げ続け、会場を後にしました。

印象的だったのは上記の写真です。勝者にトロフィーを渡す役割は、これまでずっと格闘技を愛してきたタレントの関根勤氏が務めました。しかしこの関根勤、これまでずっとK-1の大会のコメンテーターを務めており、どちらかといえば武尊側の人間でした。しかし勝ったのは天心。ずっと支えてくれた関根勤が、宿敵を祝福する後ろを涙を堪えながら立ち去ろうとする武尊の姿。芳醇なドラマが凝縮された、すごい写真です。

才能も、勝利の祝福も、全て持っていったのは那須川天心。
一方、どんなに苦渋を舐めさせられても諦めず戦ってきた武尊ですが、結局彼は「持たざる者」だったのです。

試合後の武尊のインタビューはとてもじゃないですが見ていられるものではありませんでした。武尊にとってこの試合は、ただの試合ではなく、文字通り人生を全て賭けて挑んだ試合だったのだなと伝わってきます。マジで自殺しちゃうんじゃないかと心配になったものです。

しかし、そんな1人の男の人生を余裕でぶっ潰した1人の天才。
我々は、夢のような時間を過ごさせてもらうとともに、圧倒的に残酷な現実を突きつけられました。

熱狂の高揚感と突き落とされる現実の地獄。それこそが、THE MATCHという大会だったのだと、そう思います。

これからの武尊と天心

さて、そんな一つの歴史的なイベントが終わりましたが、人生は続いていきます。今後、武尊と天心がどんな道を歩んでいくのか。個人的な希望も込めてちょっとだけ書かせていただきます。

"人間”武尊として

今回、敗れはしたものの武尊の人気はさらに上がったのではないでしょうか。というより、試合後に注目をさらっていったのは勝った天心ではなく負けた武尊でした。
試合後、武尊はこれまで守ってきたK-1のベルト返上とともに休養宣言を行い、「海外でちょっと休んでくる」と言って日本を去りました。雑音も多い日本ではなく、どこか遠い異国の地で静かに静養するのかな、、と誰もが思っていたのですが、彼は速攻でタイに渡り、ムエタイジムでトレーニングをしているようです。

なんだそりゃ、と誰もが思ったでしょう。休むんと違うんかい!と。ただ、ここでミット打ちなどをしている武尊は本当に楽しそうで、戦いに向けた準備としての格闘技ではなく、純粋に格闘技を楽しんでいる様子が伺えました。
これを見て思ったこと、それは「格闘家としての武尊は一旦終わったのだな」ということです。これは何も武尊をくさしているわけではありません。ムエタイに汗を流す武尊を見て微笑ましくも思いましたし、心の底から格闘技を愛してるんだな!とますます好きにもなりました。

しかし、忘れてはいけないのはTHE MATCHで完璧に負けた、ということです。戦前、彼が口にしていた言葉を借りると「負けることは格闘家としての死を意味する」ということです。彼は、格闘家としては死んだのです。最強を目指す道からは外れてしまったのです。

武尊が今後、K-1に戻るのか、はたまた噂されているMMAへ挑戦するのか、それは分かりません。しかし彼がどんな挑戦をしようともそれは「最強への道」ではない。
それは彼にとっては悲しい現実でもあり、呪縛から解き放たれた福音でもあります。負けることで、辛く孤独な格闘列車から先に降りたのが、武尊なのです。今後の武尊は最強を目指す格闘家ではなく、1人の人間の生き様を我々に見せてくれるでしょう。

最強を目指す男、那須川天心

一方、最強を目指す道に残った那須川天心。彼は負けることができなかった。辛く、苦しい格闘技の道に取り残されてしまいました。日本格闘技業界を見渡しても、那須川天心のような選手は他にいません。何しろ、負けていないのです。これまでは、武尊というライバルがいたことで、天心は1人ではありませんでした。しかしこれで、那須川天心の孤独をともにできる人は1人もいなくなったと言えます。

そんな天心が次に目指すのがボクシング。所詮マイナースポーツにすぎない格闘技と違い、ボクシングはワールドワイドなメジャースポーツ。世界中に猛者がごろごろいる世界です。

そしてそんな修羅の世界のトップに君臨するのが、やはり無敗の井上尚弥。ボクシングの実力で言えば現在の天心が敵うはずがありませんが、井上尚弥が無敗を守り続ける間に、天心が井上尚弥に挑戦状を叩きつける位置まで上り詰め、2人の対戦が実現すればそれこそTHE MATCH以上の盛り上がりを見せるでしょう。チケット、30万円でも出していきますよ僕は!!

しかし、井上尚弥の前に立ちはだかる選手がいます。それがK-1出身の武居由樹。武居はかつてK-1のスーパーバンタム級王者としてKOの山を築き、一階級上の武尊とK-12枚看板として目立った存在でした。
そんな武居は2020年、K-1を卒業し天心より一足早くボクシングに挑戦。現在まで4連続KO勝利中と勢いに乗る選手です。ボクシング転向後もK-1愛は変わらずで、twitter上では頻繁にK-1の試合のことを呟いています。

かつてK-1の2枚看板だった武居(左)

自分を育ててくれたK-1のカリスマを全否定した那須川天心が、自分と同じボクシングにやってくる。武居の心中は穏やかではないでしょう。

「誰が一番強いのか?」格闘技は、このシンプルな問いに対する永遠物語です。その列車から降りて人間の生き様として格闘技を見せていく武尊と、これからもこの問いに向き合い続ける那須川天心。

日本格闘技界に、ここまでの戦いはもう起こらないかもしれません。でも、こういう筋書きのない物語が格闘技界にはたまに起こります。正直、つまんない試合も多い格闘技ですが、たまに格闘技の試合を見ていただけると嬉しく思います。
さあ、次は7月31日、RIZIN37だ!たまアリ、見にいきます!



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