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映画見聞録∶オリエント急行殺人事件(2017)

クリスティは好きだ。ハヤカワ文庫版を集めていたし、デビッド・スーシェ主演のドラマもよく見ていた。そのくせ、ケネス・ブラナーが主演・監督した2017年の映画は未見だった。
実写映画化にあたって、見るか見ないか慎重になる、というのは原作好きには意外とありがちかもしれない。特に、「ポワロと言えば、スーシェ!」という認識が染み付いているので、まず頭髪豊かなポワロな時点で「違うっ」と反応してしまう。

His head was exactly the shape of an egg, and he always perched it a little on one side. His moustache was very stiff and military.

Christie, Agatha (1939)

ここでの「卵型の頭」は必ずしもつるつるした頭のことをささないかもしれないが、スーシェ版ポワロは見るからに「ああ、卵」と納得がいく。

ヒゲは特殊メイクでどうとでもなるが、頭の形はどうしようもないし…。と、映画を見る前は、ブラナー版ポワロを受け入れられるかどうか確信が持てなかった。主人公にハマれなかったら、最後まで映画を見るのは苦行でしかない。

しかしまぁ、さすが名優であり名監督。冒頭の部分で卵の高さを計る姿を見て、そのフランス語なまりの英語を聞くと、彼がポワロであることが腑に落ちる。(今回は字幕版で見ましたが、あとから日本語吹き替えが草刈正雄だと知って、俄然吹き替え版も見たくなりました)

ケネス・ブラナーの他にも、豪華キャストと銘打つだけあって、各国の名優が揃っている。ミステリーものでキャスティングで犯人がわかってしまうこと(例えば探偵役と同じくらい有名な俳優が出てたらその人が犯人)があるが、原作未読な人ならキャスティングで犯人は推察できないだろうなぁ。

今回、出演俳優で驚いたのはドクター・アーバスノット役のレスリー・オドム・Jr。この人はハミルトンのアーロン・バー役が印象深いんだが、けっこうなカメレオン俳優。グラス・オニオンにも出演しているけど、最後まであのアーロン・バーを演じた人と同一人物と気づかなかった。ドクター役でも同じく、後からレスリー・オドム・Jrが演じてることに気づいた。

ドクター・アーバスノットの衣装や髪型も1930年代に合わせてあるので、独立戦争や現代が舞台となった作品で演じた役とはまた違った印象を与えているのも一因だろう。歌って踊れるし、とにかくいい俳優さんです。
他にも当時の雰囲気を出すのにスタイリッシュなセットやCGが使われている。ただ、そのせいでウェス・アンダーソンみが出ていたり、ポーラー・エクスプレスかな?と思ったり。
映像がキレイすぎるのはそれまたスーシェ版に慣れてしまった身としては違和感をおぼえてしまう。
にしても、最後の場面で、ある名画を彷彿とさせる構図ははっとするほど美しい。

ネタバレにはならないと思うのですが、映画のエンディングは個人的にはウォッチメン(2009)の最後を思い出しました。
共通点は雪景色というだけでなく、自分が知り得た事実より多くの人々の利益を天秤にかけなければいこと。そして、それは自分の命を賭けなければいけないほど重い決断なこと。

執筆にあたって、クリスティは実際にあったリンドバーグ愛児誘拐事件を下敷きにした。

現実の事件と照らし合わせながらストーリーを追うと、この重みのあるラストはあって当然なものだと納得する。
うん、原作をもう一度読み直そう。はじめて読んだときの驚きはないかもしれないけど、より場面がイメージしやすくなっているかもしれない。

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