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りんご観念

りんごを買って食べた。

いつもだったら8つに割って芯取って皮をむいて食べるけれど、すべてが面倒くさくなったので、端からスライスして芯のところまで切りながら食べた。すごく楽だった。

人に出さなくてよければ、食べるだけならこれでいい。固定観念に縛られていた。

りんごの固定観念といえば気になっていることがある。りんごの皮の剥き方といえば、くるくるつながるように剥くというのが定番だと思う。しかし、本当に1本でつながるようにりんごの皮をむく人はどのぐらいいるのだろうか。

あの方法だと、全部剥いてから割ることになるので、まな板もいるし手もべちゃべちゃになるので、あんまり効率的ではない気がする。でも、りんごといえばあのくるくる剥きだ。

でも、例えばアニメを見ていて、お母さんがりんごの皮を剥きながら息子の話を聞くシーンがあったとして、そのお母さんがりんごをスライスして出してきたらちょっと話に集中できないだろう。固定観念というのは、考えなくていい、ということなのかもしれない。コストが低い。コストが低くて楽だから、ぼーっとしてると固定観念に縛られていくのはそういうことなのかもしれないですね。


今日はここまで。ありがとうございました。

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