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死の概念布団
道路に鳥の羽が落ちていた。
色とサイズから言って、たぶんトンビだと思う。
そういえば小さいころ、虫の死骸とか、そういう”死”を思わせるものを見たら、両手の人差し指を合わせて、そこを誰かに手で切ってもらわなければならない、という習慣があった。いわゆるえんがちょ、というやつだ。
小学校4、5年のころに誰に教わったのか始まって、中学生のころにはもうやっていなかった気がする。今の子供たちもやっているのかしらん。
思えばそのあたりが”死”の概念を把握し、縁起とか穢れとか、そういう概念を獲得する時期ということなのかもしれない。けっこう高度な思考回路だ。
縁切りが必要な対象の中には、虫の死骸や小動物の死骸などがあったのだけれど、私の周囲ではそこに鳥の羽も入っていた。個人的には当時からあんまり腑に落ちていなかった。鳥の羽って”死”だろうか? なんで落ちているのかはわからないけれど、ケンカか何かで落ちたのもしれないし、ただの新陳代謝かもしれない。
鳥の羽毛は、さっきまでは生き物の一部だったのに、芸術品みたいに形が整っていて美しい。これが”死”だっていうなら、みんな毎日”死”を詰めた布を身体にかけて寝ていることになるんだぞ。それはそれで面白いけども。
今日はここまで。ありがとうございました。
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