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第13章 市街戦: セレウス&リムニク SF小説

    ミッドタウンの通りを、一匹の野良犬が歩いていた。金茶色のジャーマン・シェパードで、筋骨隆々とした腰と、見る者全てに同情と畏怖の念を抱かせる顔つきをしていた。彼の犬としての直感は路上のリズムに適応しており、敵か味方かを容易に見分けることができた。人前でどちらの顔を見せるか、それを決めるのにも役立った。それが彼の生き延びる術だった。
その朝、雑種犬にとって色々な出来事があった。Q通りと21丁目の角、昔のサクラメント・ビー新聞社ビルのすぐ前に立つボロボロのテントに暮らす3人家族から、悲しげな顔を上手に使って合成肉をたっぷりともらったのだ。困窮する家族の目の前で腹いっぱい食べられると思うと、よだれが出そうになったが、思いとどまった。我が家でこそ、食事は一層うまいはずだ。
最初、彼は21丁目をまっすぐ下るルートを取ろうと考えていた。だが、鋭敏な感覚が危険を警告したため、ブロックを一周し、23丁目で鋭角に右折し、さらにS通りを行くことで無事にたどり着くことにした。

   S通りに入ると、古びたビクトリア様式の家の前を通った。まるで過ぎ去った時代の遺物のように佇んでいた。周囲のスラム街や3Dプリンターで作られた半完成の家、そしてモダンなオフィスビルとは対照的だった。犬にはそんな細かいことはどうでもよく、家の前で小走りに止まった。首を傾げ、耳をピンと立てた。悲しげな顔をすると、この家の住人はいつもうまい飯をくれた。おかわりをもらえないかと心が揺れたが、口の中の朝食がどんどん溶けていくのを感じ、唯一無二の我が家に向かって歩みを進めた。

   路地には何でもあった。雨風をしのぐ頑丈な古い箱。障害物コースのように並べられた古いコンクリート板は、すぐに使える運動器具。そして、思い立ったら昼寝できる、脇が破れた古い犬用ベッド。近くのエアコンの排水口からは、ただで水が手に入る。ここは彼だけの空間で、完璧だった。

   路地の入り口の角を曲がる直前、犬は上機嫌な小走りを止めた。だらだらとよだれを垂らした肉が、ひび割れたアスファルトに落ちた。落ちた食べ物を見向きもせず、犬は鼻先を斜め上に向け、湿った鼻の穴を小刻みに動かして匂いを嗅いだ。何かがおかしい。見慣れぬ犬の汗と濡れた毛皮、かすかな血の匂いが周囲を漂っていた。低いうなり声が口から漏れた。警戒しながら地面の肉を口にくわえ、ビクトリア様式の家の小さな前庭の空き地に引き下がった。たくましく、ゴツゴツとした肉球で、食事を隠すのに最適な穴を掘った。すぐにでも取りに戻るつもりだった。

   路地に戻ると、小柄な黒のボーダー・コリーの死骸を除けば、何もかもいつもの場所にあった。口は永遠に開いたまま、自身の血だまりの中で舌を垂らしていた。名札のついたボロボロの茶色の首輪は、首からはぎ取られていた。かつての身分証明の痕跡は、血まみれの毛皮に貼りついていた。
ジャーマン・シェパードは動物の死骸に近づいた。クンクン、匂いを嗅ぐ。よく調べると、間違いようのない匂いからその犬の正体がわかった。ブロックのすぐ先に住む連中の飼い犬だったのだ。彼はその犬をよく知っていた。一緒に食事をし、雌犬を取り合った思い出が次々に頭をよぎった。奴は友達だったのに、死んでしまった。

   段ボール箱の影から、二匹の犬が灰色の午後の日差しの中に姿を現した。とがった黒い耳だけが高い方はドーベルマン。もう一匹は、よだれを垂らしたずんぐりしたロットワイラーだった。牙をむき出しにし、身構えを低くして、怒りのうなり声を上げながら立つジャーマン・シェパードに気づくと、素早く彼を取り囲むように陣形を組んだ。

   ジャーマン・シェパードが真っ先に飛びかかった。獣のような速さで、太ったロットワイラーとの距離を詰めた。ロットワイラーは大声で吠え、右足で殴りかかろうとしたが、爪は切り落とされており、攻撃は効果がなかった。すぐに元警察犬の牙が、ロットワイラーの柔らかい喉に食い込んだ。ロットワイラーの体は、首に噛みついた万力のようなあごの力で痙攣し、無茶苦茶に左右に振り回された。

     ロットワイラーが喉の傷から血を流しながら悲鳴を上げ、もがいている間に、ドーベルマンが背後から襲いかかった。最初の噛みつきはジャーマン・シェパードの後ろ脚に命中し、犬は悲鳴を上げた。反射的に後ろ脚が蹴り上げられ、ドーベルマンの右目を引っ掻いた。ドーベルマンがよろめいたすきに、金色の犬はロットワイラーの死骸を落とし、敵に向き直った。負傷したドーベルマンに対し、体を斜めにして攻撃前の姿勢をとると、大声で激しく吠えた。二匹は吠え合い、威嚇しあったが、自分の傷には見向きもせず、威嚇だけで勝負を決めようとしていた。ドーベルマンは彼の縄張りに侵入し、友を殺したのだ。ジャーマン・シェパードにとって、その残虐行為は許されざるものだった。慈悲も救いもない。少なくとも、あの路地では得られないだろう。

    至近距離から銃声が一発響き、二匹の犬の耳がピンと立った。次の瞬間、ジャーマン・シェパードは恐ろしいドーベルマンが横倒しに倒れるのを目撃した。腹部からは温かい血が流れ出していた。もう一匹の犬の死を示すものだった。

    生き残った犬の注意は、致命傷の発信源に向けられた。背の高い、野球帽をかぶった男が一人、銃を持っていた。つばの影の下、年老いた唇にサディスティックな笑みを浮かべていた。銃を手慣れた手つきで握っていた。銃口は生気のないドーベルマンから、ジャーマン・シェパードへと向けられた。
銃口を前にし、犬に噛まれたせいで後ろ脚の機能が低下していることから、犬に逃げ場はないとわかっていた。低いうなり声を上げ、毅然とした姿勢で立ち上がり、男の目をじっと見つめた。死の可能性にもひるまず、数秒間、視線を合わせ続けた。本能が爆風を待てと告げていた。

    ゆっくりと男は銃を下ろし、静かにしまった。

「大胆な奴だな」と男は面白そうに言った。片膝をついて、犬を呼び寄せた。

    長年の路上生活で培われた本能が、動物に従うか死ぬかを告げた。彼の世界ではそれ以外の選択肢はほとんどなかった。犬は大きな努力で足を引きずりながら近づき、低い鳴き声を上げた。

    男は犬の怪我を調べた。傷だらけだが、助かるだろう。

「行くぞ」男は体を屈めて犬を抱え上げ、隣の建物に運んだ。残りの二匹の死骸は、日向で腐るに任せた。



セレウス&リムニク

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