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フランク・ロイド・ライト「入門」 (その①)

先日、落水荘に行ってきた。おそらく世界で一番有名な住宅。言うまでもなく、建築家フランク・ロイド・ライトの代表作だ。ペンシルベニア州ピッツバーグ郊外の、自然に囲まれた山中にある。

張り出したテラスの下に滝が落ちる、幾度となく本や雑誌で見てきた外観。実物はまさにそのままの姿で、なんか「問答無用」って感じの威厳があった。

外観のフォトジェニック具合とはある意味対照的に、一度建物の敷居を跨ぐと、この住宅を印象づけるのは「音」だった。そう、滝の音。よくよく考えたら、滝の上に住宅を作っちゃってるのだから、家の中からは滝は見えない。その代わり、至近距離から迫ってくるのがせせらぎの音だった。テラスに立つと、全身が音に包まれるような感覚。木々の緑やそよ風も心地よい。なんせ手摺が異様に低いので(特に上のテラスは650mmくらいしかない)、自然の中に投げ出されているような感じがするのだ。こういうのは実際に行ってみないと分からないものだなぁと思った。

部屋に居てももちろん滝は、「音」のみによって感じることができる。窓はコーナー部を開け放ったりすることができて、外部との一体感の演出が巧みだ。

写真撮影ができるツアーが朝しかやっていなくて、眠い目を擦りながら運転していったのだけど、頑張った甲斐があった。なんでも、夏は滝の水量が少ないらしく、実は春や秋のほうがドラマチックな情景が臨めるんだとか。逆に、冬は滝が凍って静寂の世界らしい。それもまた見てみたい。

それにしても、週末の落水荘は大層な盛況具合だった。朝一のツアーだったので最初は落ち着いて見れたものの、終わる頃には次々とビジターがやって来て、敷地は人でいっぱい。

もしかすると、この現象は最近ライトの何作品かが世界遺産に決まったことと関係しているのかもしれない。もちろん、この落水荘もリストに含まれている。他の作品は、ユニティ・テンプル、ロビー・ハウス、タリアセン、ホリホック・ハウス、ジェイコブズ・ハウス、タリアセン・ウエスト、そしてグッゲンハイム美術館だ。

いわゆる近代建築三代巨匠のコルビュジェ、ミース、ライトのなかで、(少なくとも日本で)一般的知名度がもっとも高いのは、十中八九ライトだろう。グッゲンハイム美術館はガイドブックに大きく載っているけど、シーグラムビルをわざわざ見に行く人はあんまりいない。アクセスの不便さは同じくらいだけど、ファンズワース邸に頑張って行こうって思う人は落水荘ほどには多くない。

いわゆる「ファン」が多いなあという感じがするのもライトだ。印象派とかアール・ヌーヴォーを楽しむような感じで、ライトの建築やデザインを愛好する。これは、彼の意匠をモチーフにしたグッズの多さが物語っている。見学をしていると、たまーに、ものすごく好きそうな人に出くわしたりもする。

が、この状況、僕にとってはちょっとした当惑の種だった。なぜかというと、僕のほうが全然フランク・ロイド・ライトという建築家について知らないから。あえて無責任な物言いをさせてもらうと・・・だって学校で全然習わなかったんだもん。現在の建築アカデミアや設計業界は、ほとんどライトの存在を無視していると言っていい。講義やスタジオ課題で、彼の名前を目にすることは殆どなかった。唯一覚えているのは、「先輩たちがスタジオ課題で、ラーキンビルの模型作成を教授に命じられ、西葛西の敷地模型に置かされた」、というちょっと事件じみた出来事くらい。それも一種の伝説として聞いたに過ぎない。あとは記憶にない。

とまれ、そんな訳で、僕は建築を専門にしようと決めてからかれこれ10年くらい、この「巨匠」について殆ど知らずに来てしまったのだ。この体たらくではそろそろマズい気がするし、せっかくアメリカにも来ている。なので、「フランク・ロイド・ライト入門」をしようと思い立った訳である。

記事としてはアップしていなかったけど、今までの建築・都市巡りのなかで、もちろん幾つかのライト作品は見ている。代表的なところで言えば、ロビー邸、ユニティ・テンプル、グッゲンハイム美術館、あとは自邸とスタジオ。これらの中で一番良いなぁと思ったのは、ユニティ・テンプル。ライトの長ーい建築家人生の中では、比較的前期の建物だ。何が良いかって、スケール感が素晴らしかった。なんというか、「広がりをギリギリ感じさせる狭さ」という風情で、ずーっと座っていたくなるような安心感があった。小刻みな段差を利用したレベルと視線の変化、立体構成も巧みに感じる。外観はモノリシックなコンクリートで、彼の作品の中では装飾も少なく、落ち着いた雰囲気にも好感が持てた。

フランク・ロイド・ライトという建築家のある種異様なところは、その余りの多作さだ。彼の建物はほぼ全てが米国内にあるにもかかわらず、その総数は数百にのぼると記憶している。しかも、一つの公共建築(マリン・カウンティ庁舎)を除いて全てが住宅や民間プロジェクトという偏りよう。「近代アメリカを代表する建築家」と言われる割には大分バランスが悪い。これはライトという建築家の生前の評価・・・というか評判、と関わっているみたいなのだけど、言及するのはもうちょっと勉強してからにしよう。

とにかく、そんな訳なので、実際米国に住んだ実感として、ライトの建物(特に住宅)は、本当にそこら中にある印象だ。したがって、彼の作品をくまなく巡るのは殆ど不可能である。非公開の施設ももちろん多い。さらに重要なのは、これだけの数があると、ひとくちに「ライトの建築」といっても優れたものばかりではないということだ。それはそれで面白いのだが、自邸近くのオークパークには、正直「オヤオヤっ??」となるような、若い頃に手掛けられた住宅もある。この辺は、どこを見に行っても背筋が伸びざるを得ないミースとか、カーンとかの作品との違いでもある。

またしてもマクラが長くなってしまったが、そんな数あるライト作品の中で、どうしても滞米中に見ておきたい建築がひとつあった。それは実は先述の落水荘でも、ユニティ・テンプルでもなく、ジョンソン・ワックス・ビルである。米国に行くことになったとき、ある尊敬する方から、米国で一番印象的だった建築(ライトに限らず)として、この建築をノミネートして頂いたのである。しかも、その方は著述家・編集者であるも関わらず、曰く「この建築の印象は言葉では表しづらい・・・」と。これは興味をそそられずにはいられない。

落水荘から遡ることさらに数週間、ついに満を待して行ってきた。

(つづく)

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