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ぼくたちの好きな小林信彦。

初めて小林信彦を読んだのは大学生になってからだった。

名前は知っていたんですよ。薬師丸ひろ子が主演した「紳士同盟」の原作者で、とか。あとは本屋に行くと吉田秋生のポップでキャッチーなイラストがめちゃくちゃ目立つ「イエスタディ・ワンスモア」がやたらと目を惹いた。刊行されたのが1989年の秋だからボクが大学生なりたての頃だったと思う。90年代初頭、吉田秋生さんが小林信彦作品のイラスト手掛けること多かったと思うんですけど(主に新潮文庫)、アレはアレでボクにとっての90`sっぽさだったりするのです。ああ、それと「唐獅子株式会社」は知っていたな。映画化もされたし、「悲しい色やねん」なんて短編集も本屋で見かけたこともあった。だけど手に取らなかった。いや、取れなかったんですよ。ボクがポップカルチャーにあまりに無知で、小林信彦という“偉大なる才人”がどれだけのことをやってきたのか。まったく持ってボクはその辺の事情を知らなかったので仕方ないんですけど。なのでロッキンオンでのビートルズ論争、リアタイで読んでましたけど「へええええ」でした。無知って本当に恐ろしい。


若くして江戸川乱歩と邂逅、ヒッチコックマガジン編集長として日本のメディア黎明期にテレビ、ラジオを舞台に活躍とか「日本の喜劇人」なるとんでもない名著を刊行してたりっていうのは90年代も中盤に差し掛かろうとしていた時期でした。氏はとっくに週刊文春で「天才伝説横山やすし」を連載していたし。芸人評伝やエッセイへと執筆のスタンスが変わろうとしていたタイミングだったと思います。中学生とか高校生の頃、愛読しまくってたらボクはどうなってたのかな。人生大きく変わってたかな。あんまり変わんない気もするが。


なのでボクは90年代以降のかなり遅いフォロワーなんですよ。小林信彦読者、いやクレイジーになったのは。新潮社から刊行されてた「ドリームハウス」「怪物がめざめる夜」「ムーンリヴァーの向こう側」あたりは単行本で、「僕たちの好きな戦争」や「世界でいちばん熱い島」、「ハートブレイクキッズ」に「イーストサイド・ワルツ」と本屋で手に入るものは全部片っ端から読みまくった。


だけど好きだった、というか今でも読み返すのは「極東セレナーデ」と「夢の砦」ですね。この2冊はバイブルなんて言葉すら軽く思えてしまうほどボクにとっては大事な1冊だ。単なるギョーカイお遊び小説でしょ?なんて思う人、いるんだろうけど己の不感症を呪いなさい。

男ならわかるはずだ。ここに描かれているロマンを。自分の好きな映画や音楽、小説などのカルチャーを第三者に紹介し、共感を得る感動を。どっちも男の子の小説なんですよ。世間知らずで社会からはみ出たくないのについ足を踏み外してしまう。人一倍傷つきやすくて、集団行動が苦手。だけど孤独に耐えられない。そんな“少年”の感性をいつまでも持ち続けてないと生きていけない人たちのための小説、、って書くと理解できますかね。


小林信彦にハマったのは遅かったんだが、氏の著作を遡って手にいれるのはけっこう至難の技だった。今は電子書籍で楽に読めるらしいけど、当時は古本屋を探しまくるしかない。中でも氏の小説家としてのデビュー作「虚栄の市」。これは手にいれるのは本当に苦労した。見つけてもアホみたいに高くなってて、どうにもならなかったのが2007年春に中野ブロードウェイの古本屋で安価ゲット。一時期は杉並区の図書館で借りて長期延滞、そのままなし崩しに自分のモノにしようと目論んだ(返しましたよ!)ぐらい自分の本棚に並べるまで時間を要した。「道化師のためのレッスン」は98年頃かなァ、、西荻窪の古本屋で手に入れました。何気に好きだったのは1994年の夏、新橋駅前でやってた古本市で購入した「悪魔の下回り」。人生何度もやり直したい願望を悪魔に叶えてもらう、だけどもやっぱり的リプレイ視点がリアルな作品だけど、これって今ドラマの原作でじゅうぶん通用したりしませんかね。最近やたら転生もの多いですし装丁とか今っぽくしたら再注目される気はするんですけどね。あと97年刊行の「結婚恐怖」とか普通にいけると思うんですけどね。だいたい日常に潜むサスペンスが1番怖いんですから。スタジオドラゴンあたりが主導で動いたら世界レベルで面白いモノになると思うんですけど。だけどねえ、90年代の小林信彦小説群が好きって言うと微妙な顔されること多かったんですよ。今でもそうなのかな。アレはなんでなんでしょうかね。世代によっての受け取り方の差なんでしょうか。もちろん「冬の神話」も「袋小路の休日」も読んでるけどボクが好きなのは「変人十二面相」や「ドジリーヌ姫の優雅な冒険」が好きなんですよね。軽いタッチのエンタメ路線。なのでうまくその魅力を時代と合わせ(ようとした)90年代初期の小説群は実に優れた作品が多いと思うんですよ。「怪物がめざめる夜」みたいな小説なんて今じゃないですか。一億総ネットモンスターみたいな時代だもん。誰か書かないんですかね。思いつかないの?

一方的に小林信彦が好きな理由をだらだらと書き綴ってみたけど、残念ながらボクのボンクラな文章力ではその魅力は10%も伝えられてない。なので読むのが1番なんだけどまずは「極東セレナーデ」と「夢の砦」の2冊をなんとか手に入れて読んで欲しい。その次に「怪物がめざめる夜」。ボクが言わんとすることの50%は理解してもらえるんじゃないかな。

そして最後に。「夢の砦」ラストで登場人物の川合寅彦が「この時代を全部抱きしめたい」と言うシーンがあります。そんな気分で執筆したのが拙書「歌謡曲meetsシティ・ポップの時代」です。こちらは11月16日店頭に並ぶはず。こちらもぜひにって結局最後は宣伝かよ!

小林信彦が週刊文春のエッセイやめてからどれぐらい経ったんだろう。氏のエッセイなしの誌面にも慣れたけど、やっぱり寂しい。今の韓流女優たちをどう評価するのか知りたいし、芦田愛菜の神がかりな魅力についても書いて欲しいですよ。ドラマや映画は「女優」でみるって教えてくれたのは小林信彦ですからね。

ボクはいちどだけ渋谷の東急フードショウで氏を見かけたことがある。意を決して声かけたけど無言かつすごい形相で否定しながら去っていったけど、アレは絶対人まちがいなんかじゃないよ。否定するとこ含めて小林信彦そのものだった。

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