散文詩 野菊(2007年)

野菊の花が咲いていた。一輪手折って、白いペンキの、バケツに浸した。濡れたネズミに変身させて、ドライヤーで乾かした。そうして、わたしは濡れネズミに変身させられて乾かされた、この哀れな多年草を右手にもって、部屋に戻った。

――真っ赤なベルベットの絨毯の上で、肘掛け椅子に、黒いジャケットが、主人をなくしてくずおれていた。黙って凝視していると、仲良く並んで微笑しているボタンの穴が目についた。そこでボタン穴に乾いたネズミをそおっと活けてみた。すると、白子にされて、ネズミにされた、野菊の可憐な一輪のやつは、ぶるぶると震えた。それはあたかも「なんだこいつは!この居心地はー!」と逆上して喋り出しているかのようだった。

――わなわな震えて、野菊は抗議する。野菊はあんまり大きくないので、それは細い輪ゴムで作った三味線みたいな叫び声をたてる。

――けれどもボタン孔のやわらかい手触りは、きわめてやわらかくて、ふかふかしていて、心地よい毛羽立ちであることは、間違いなかった。

――そう、このジャケットのふわふわなタッチは、このつむじまがりで意地っ張りな生き物であるところの植物ネズミを、そのうちしずかに懐柔していくのに違いないと、わたしを素直に信じ込ませて、お昼ご飯に行かせてしまうのに、そんなに不足はないわけだった。

――ああ、今日は何を食べに行こうかな、とわたしは思った。

(2007年に書き始めて2012年に完成)

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