散文詩 12月(2004年)

 あまりにも用意に彼は非充足を手に入れる、彼女のおかげで。硬く嵌め込まれている流線型の窓を通して彼女の沈黙が、いくつもの空に似たものを見ているとき、まなざしの軌道をこの手のそばにまで逸らそうとした彼の声が、声のなかの瞳が、白く溶けていく指が、指の中にある爪が、肌理の細かい光の粒になって、彼女の肌を透過していくのを見ていた。それが数え切れないほど壁という壁に反射してこの部屋を満たしていた。彼はただ感じていた。欲望でも愛でもないものを。憐れみでも喜びでも怒りでもなく、本当に眼を逸らすこともできず、夢の中にゆるやかに溺れているものを感じていた。輪郭そのものに耳を澄ましたままで。

 繰り返して重ねられる光のヴェール。その度に刻まれて、形を変えて再生されるやすらぎ、打ち解けたやすらぎ。興奮したりはしなかった。ただたちこめていく境界のないカレイドスコープを見ていた。話し続けることをやめない唇の静寂。もう一つの皮膚を引き裂いていくために、開け放たれたいくつもの口。

 白く起伏のついた、その部屋の中に部屋がある。繋がれたいくつもの時の、時のありかを確かめるようにその腕をなぞる。誰かの声が、二人の声に多重録音された人々の声が、中毒のように―二人に作用する。少しだけぬくもりのある天井で、未来の空気よりもずっと自然に、彼女の手は彼の髪を掻き分け浮き出た骨をなぞっていく。いくつもの色のない地平線の重なり。彼女は記憶するためにこの時にいるみたいになる。夜が来る前の青ざめたやすらぎ。寒さに震え、別の温度を思い出しながら。二人の身体の上で、幾何学的な水のように敷き詰められている見えないものに向かって、彼の眼は挨拶する。

(2004年)

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