猫に名前をつけた日-猫と暮らして(6)
名前をつけることは難しい
いざ考えだすと難しい。一度決めたら変えることはできない。名付けたら最後、不可逆の選択。私は悩んだ。こういうことに考えすぎる傾向があたしにはある。
だが逆に正直なんでもいいかとも思った。理由は2つある。
一つは、あたしに名前に対するこだわりがないから。飼ったらこんな名前をつけたいという願望がなく、まぁ極端に派手だったり意味深だったりする名前でなければ何でもいい。
もう一つは猫は名前に反応しない、名前を認識できないという話を聞いたことがあるから。名付けることに意味はなく、人間の自己満足という側面が大きいというのだ。
確かに犬と違い、猫が名前を呼ばれて飼い主と交流する様子を見たことがない。むしろ呼んでも来ないことの方が多いような気がする。
仮に名前を呼ばれていることが理解できているならば、短い名前の方がより理解しやすいのではないか。そうも思った。
シンプルな名前にしたい
いろいろと考えて、簡単な名前にしようと考えた。お決まりの「タマ」とか「ミケ」のような感じだ。
特徴を名前の手がかりにした。
兄弟だからなのか2匹とも目の色は同じだ。黄土に近い黄色。
骨格も似ている。一般的な猫よりも大きい。(後に聞いた話では、猫には洋猫と和猫がいて、洋猫の方が大柄らしい。うちの猫は確実に洋猫だ)
今でこそ分かるが、はじめは顔の特徴に違いを見いだすこともできなかった。
やはり、二人の大きな違いは毛色だ。対照的な黒と白(茶色が混ざっているが主な色は白色)。
毛色で名前をつけるか。そう思ったときに頭に一冊の好きな漫画が浮かんだ。
松本大洋の『鉄コン筋クリート』。架空都市の中で生きる二人の主人公。彼らは驚くべき跳躍力を持ち、暴力で犯罪都市をサバイブする。独特の絵柄とファンタジックかつハードボイルドな物語。
この話の主人公たちの名前が「クロ」と「シロ」というのだ。
ちょうどいい。毛並みが黒と白。名前もクロとシロ。シンプルだし、可愛らしい。これ以上の名前は思いつかない。
名付ける=愛着
早速、名前を呼んでみた。
「クロ」「シロ」
はじめて呼んだとき。彼らはこちらを気にしているようだったが、さすがに自分の名前を呼ばれたと思ったわけではないだろう。
……名付けてから数年が経った。彼らはあたしの声に振り向くときがある。振り向かないときもある。彼らが自分の名前を認識しているのかはいまだに分からない。
分かったことが一つある。名付けることは愛着そのものということだ。
猫と名前もなく同居することはできるかもしれないが、それはぎこちない生活になると思う。形のない壁が人と猫の間に立ち続けるだろう。それを心地良しと感じる者もいるだろう。わたしには無理だった。愛着を選んだ。
愛着を感じることがいいことなのか悪いことなのか。いずれその愛着が強制的に途切れる瞬間が来る。そのときに、もっとドライに接していれば、苦しい思いをせずに済んだのにと考えるかもしれない……。
時々飼い主はそんなつまらないことを考えている。そんなことおかまいなしに2匹は太平楽に暮らしている。そして、クロとシロが勝手に付けられた名前を不快に思っているようすはない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?