不登校を忘れない先生になりたい_フリースクール担当_村上わかな

不登校を忘れない先生になりたい。フリースクール担当 村上わかな

こんにちは、サポーター担当の大瀧です。2019年10月・11月はキーデザインの寄付月間ということで始まりました「キーデザインスタッフ紹介」のnoteマガジン。

このコーナーでは、キーデザインのメンバーを紹介していきます。1人目は宇都宮大学教育学部に在籍する、村上わかなさんです。

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村上さんは主にフリースクールの担当をしており、実際にフリースペース「ミズタマリ」で子どもたちと一緒に時間を過ごしたり、フリースクール保護者説明会を開催したりしています。

今回は、キーデザインのスタッフになったきっかけや、不登校に関心を寄せている理由、先日関わったイベントで強く感じたことについてお話を聞くことができました。

キーデザイン”スタッフ”として、新たな出発を

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ー代表の土橋さんとはいつ出会ったのですか?

初めてお会いしたのは私が大学1年生の5月です。教師になりたいことや不登校に関心があるなどの話をしていたら、「教師にならなくても実現できそうじゃない?」と言われて。

教師になることを意気込んで教育学部に入学したので、その言葉を聞いてびっくりしました。というか、「教師になるぞ」って入学して1ヵ月の大学生にそれ言う人っておかしいですよね?なんなんですかね、あの人は(笑) それ以後は、キーデザインのイベントに誘われるようになって手伝い始めました。

ーそれから3年後の2019年6月に、スタッフにならないかと提案されたと思いますが、快く引き受けたんでしょうか?

二つ返事で引き受けたわけではありません。今年の夏から、小学校と中学校での教育実習が始まり、来年には留学に行くことが決まっています。スタッフになっても実習期間はキーデザインから抜けてしまうし、留学中は物理的に関わるのは難しそうです。将来を見据えたときに、あの時とまた同じことを繰り返してしまうのではないかと思ったんです。

ーあの時…...。過去に何かあったんですか?

大学2年生の時には、キーデザインにインターンとして入って、通信制高校で放課後に勉強を教えていました。その学校には、勉強を頑張りたいけどどうしても学校のスピードに追い付けていない生徒も多く、学校から「生徒の気持ちに寄り添いながら、関わってくれるお兄さんお姉さんのような存在がほしい」という話があり、始まりました。当時は大学の授業や課題、アルバイトに教職ボランティア、それにキーデザインでのインターンをしていました。スケジュールに余裕がなくなり、精神的にも体力的にも辛い時期でした。

満足してからやめることをスタンスにしてきたので、余裕がなくなったからといってやめたくありませんでした。でも代表は、「続けることはもちろんだけど、やめる決断をすることはもっと重要。やりたい気持ちはわかるけど、それで疲れてしまったら子ども達にもそれは伝わってしまうし、何よりわかなのためにならない。人にやさしく在るためには、自分にやさしく在る必要があると思うんだ。この機会にそれをやってみてもいいかもよ」とアドバイスしてくださり私はインターンをやめました。

スタッフにならないかと誘われたときも、同じように投げ出してしまうんじゃないかという不安がありましたね。

ーその不安は現在、解消されましたか?

それを踏まえた上でお願いされていると気付いたときに、必要としてくれるのであれば留学するまでやってみようと思いました。自分で言うのは恥ずかしいですが、1年前よりは成長したと思います。

教育実習2週目に感じたことですが、線引きができるようになったんです。教材を準備するときに、これ以上準備したらやりすぎだと判断して。日中動けるくらいの睡眠時間を確保できるようになり、子どもたちと心の底から楽しんで遊ぶことができました。

1週目は水分を摂るのを忘れるくらい無我夢中だったので、熱中症になってしまったんですけどね(笑)判断力がついたことも成長のひとつかなと思っています。

どうして壁があるんだろう?私は、見えない壁を壊したい。

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ー村上さんは教育学部に在籍していますし、不登校に関心があったと先ほどおっしゃいました。不登校に対して強い関心を寄せるほどの原体験が今までにあったのでしょうか?

小さな頃から「どうして壁があるんだろう?」と考えていました。

ー壁がある?

『世界がもし100人の村だったら』という本を小さい頃に読んだことがあって。貧しい地域に住んでいる子どもたちの中には、学校に通えない子がいるのに私は学校に通えている。どうして学校に通える子と通えない子がいるのだろう、その壁はどこにあるのだろうと子どもながらに考えていたんです。

私が中学生のときも、クラスには保健室登校をしている3人の同級生がいました。どうして教室に入れる子と教室に入れない子(保健室登校または不登校の子)がいるのだろうと思っていました。そこに壁があることが寂しかったですし、みんなで仲良くしたらいいのなと思っていました。

大学生になってからは、学校は楽しい場所だと思えて教室に行きたくなる学級をつくる教師になりたいと思うようになりました。そのときに、教室に通えなくなってしまう不登校の子たちが浮かびました。私は、彼らの見えない壁を壊したい。教師になる上で、不登校の子は忘れてはならない存在です。


ー幼いながらに考えてきたことは、これから教師になる上でしっかり向き合いたいことになっているのですね。先月までは教育実習の期間だったと思いますが、実習を終えてみていかがでしたか?

子どもの笑顔がみられることが私のモチベーションに繋がっていると感じています。その日の実習が終わってからも、明日の授業の準備をやらなければいけなくて大変でしたが、明日子どもたちが喜んでくれると思うと頑張れたんです。

教師は、子どもの成長や笑顔が見える素敵な職業だと思っています。3週間の実習を通してなので、教師の一部しか見えていないかもしれません。ですが実習を通して、子どもの個性を大切にできる教師になりたいと思いました。

全員が楽しいと思える学級をつくる教師になる

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ー(取材日の前日は、キーデザインが企画運営をした「不登校の子の今を大切にする〜ing〜」のイベント開催日でした。)昨日のイベント終了後、村上さんが感想を述べているときに少し涙ぐんでいましたね。教育実習終了後すぐの開催でもあり、何か人一倍強く感じていたことがあったのかなと思っていました。

自分が配属された実習先には不登校の子がいなくて、それはそれで素敵なことだと思いますが、あのイベントは不登校の子たちの居場所づくりが目的で、県内外から不登校の子たちとその親御さんがいらっしゃっていて。

彼らはみんな初対面のはずなのに、一緒に野球をしたりご飯を食べたりしていました。みんなが楽しそうにしている様子を見ていて、素直に「みんないい子だなー」と思いました。不登校は本人の努力不足や親が悪いって言われることもあるけど、入った学校やそこで出会った友達とたまたま合わなかっただけだったんだろうって。


イベント後半には、参加してくださった1人の保護者の方に、「あなたは先生になるの?」と聞かれました。実習を通して教師になりたいと再確認していたのでそう伝えると、ひとことだけ「こういう子たちがいるってこと、忘れないでね」って。

「不登校の子たちを忘れないで」この言葉がじんわりと胸に響きました。子ども達全員が常に「楽しい!」と思える教室をつくることは難しいかもしれない。でも子ども達全員が、楽しさだけでなく、辛さも共有し合える、そんな居場所のような教室を私は子ども達と一緒につくりたいと思っています。

だから忘れちゃいけないって。教師になってからも、昨日のことを、不登校の子たちを、絶対忘れちゃいけないなって。そう思ったんです。

ー(......じんわり。)すみません、もらい泣きしそうでした。では最後に、キーデザインと関わっていて叶えたいことなどありますか?

恩着せがましいかもしれませんが、キーデザインのフリースクールのような場所があると知れてよかっただとか、来てよかっただとか、そんな風に思ってもらえる人がいると嬉しいです。今は気付かなくてもいいですが、子ども達には、この社会には自分を認めてくれる人がいるんだっていうことを知ってもらえたらと思っています。

大人になって過去を振り返ったときに、小学生のときに学校に行ってなかったけれど、フリースクールに通っていた過去があったから、今は豊かだと感じられるかもしれないなって思い返してもらえたら。

そう思ってもらえるように代表とスタッフのみんな、もっともっとがんばろうね!

ーよし、がんばりましょう。引き続きよろしくお願いします!

村上さんは「不登校の子の今を大切にする〜ing〜」で体験した感想をnoteに掲載しています。ご興味のある方はぜひご覧ください。

以上、フリースクールの運営を担当している村上わかなさんのインタビューでした。次回は、キーデザイン事務局担当の大浦佐和さんです。お楽しみに。

取材/執筆 サポーター担当 大瀧 真優

まゆ自己紹介

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