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【連載小説】堕肉の果て ~令和に奏でる創造の序曲(プレリュード)~

第三章 苦痛の葬送曲(レクイエム)
696.幸福聖邪

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 三日後。
 今日まで空を覆った光は消え去っていた。
 絆通信には美雪の問い掛けに対する返信は勿論、一言の呟きすらないままである。
 
 心配そうに半分寝ている半目で空を見つめ続けていた美雪に、横に座った長短が言う。

「ご覧よ、美雪! 空が…… 変わったみたいだよ」

「えっ!」

 昨日まで、空と言えば青いもの、空色が当たり前であった。
 今、眠い目を擦って見上げた空を美雪はこう呼ぶのである。

「な、七色の空? あっ! 長短、あれって? お月様、なのかな?」

 元々有った真円のルナとは違い、ゴツゴツと歪んだ月の名はデイモス、彼の天体であった。
 大きさこそルナに比べて随分小ぶりで可愛らしい衛星であったが、日中に白く浮かんだルナに対してデイモスは薄っすらと金色の光を放ち続け、存在感は決して小さくなかった

 長短は眩しそうに目を細め、宙天に現れた、新たな月を見つめながら言葉を発する。

「ああ、そうだよ、あれは新しい月だね、お義父さんとお義母さん、それに親切な悪魔達が世界を、地球を守ってくれた証の月だよ、きっと…… ねえ、美雪、この事は語り続けなければいけないんじゃないかな? この空が何故七色になったのか、月が二つ有るのは何故なのか、どうだい? 物語を作って未来の人々に残そうじゃないか!」

 美雪は躊躇なく答えた。

「う、うん、そうしよう長短! そうしなけりゃ駄目だよね? ずっと覚えていて貰えるようにしようよっ! 長短っ!」

 なるほど、物語か…… 結果としては流行らなかったな、あれ……
 そうかアレって母のオリジナルの物語だった訳だ、道理で面白くなかった訳だ。
 というか、少しデフォルメし過ぎだったんだよな。

 美しい豚の女王と、逞しい豚の戦士が、多種多様な動物や妖怪の王と共に、宇宙から飛来した巨人族と戦い、苦戦の末に勝利を果たして戦利品の金塊を分捕って空に飾った、とかだったな……

 んまあ事実といえば事実なんだろうが、今回観察するまではあの駄作がコユキと善悪の事を言っているなんて、これっぽっちも気が付かなかったぞ?
 コユキと違って絵心のある母だったが、文才は皆無だったようだ、残念な事だ。

 兎も角、少し未来まで時間を進めてみたが、今私が触れているアンラ・マンユ、漆黒の念珠には、善悪が身につけ、その後、父、長短が携帯した期間には、二度とコユキや善悪、それ以外の空へと旅立った悪魔達との邂逅かいこうに至った出来事は記憶されていない様である……

 この神器が覚えていた最期の記憶は、数年後、アメリカの聖女キャスリンと聖戦士ウィリアムと共に、幸福寺の一同がロシアの極北、ハタンガ村に本拠を移す事に決めた時、父、長短の手によって、納骨堂の地下、例の賑やかなシェルターに収められた場面であった。

 奇しくも、悪魔達が魔力を吸い上げたタイミール地方が、地球上で最も魔力が少ない地域になった事が、本拠地として選ばれた理由であった。
 無論、父母もキャシーとウィル、それ以外の聖女聖戦士も避難、疎開をした訳ではなく、落ち着いた環境で更なる研究と、世界の正常化の為の戦い、その本拠地とすべく、ハタンガ行きを決定したのである。

 幼かった私は、彼等の努力と苦心、悲嘆と挑戦を見続けていた、非常にガッツに溢れていた事をお伝えしておこう、そう、皆、石松以上だったといえば判っていただけるだろうか?

 結局、私一人を残して、全員が死んだ。
 懐かしい顔は全て消え去ったのである。

 とは言え、私は、私の時代を救うために重要で貴重な情報を集める事に成功したのだ。
 コユキと善悪、そして仲間たちの言動には、今まで思いも付かなかった事柄が本人達が意識しなくとも、夜空のキラ星の如くちりばめられていたのである。

 有用な知識だけではなく、私はこの観察で最も大切な事も教えられた気がしている。
 それは……
 今出来る事を一所懸命に、闘魂とガッツで実行する、この事に尽きる、今観察を終えた私は心からそう感じている。

 上手くいかない、思い通りにいかない事が続く中、停留し時に自棄じきめいた気持ちで鬱々うつうつとしていた、それが私、観察者の日常になりつつあった。
 しかし、未来に希望が無くとも、いいや、その存在の消滅に向かう時であっても、彼等彼女等は誠心誠意、一所懸命に役目を全うしようとして、そして恐らく全うさせたのだ。

 理屈ではない、私も皆の様になりたい、その思いを止める事が出来ないでいる自分に驚くが、どうやら止める事は無理っぽい。

 さて、長らく観察にお付き合い頂いたが、一旦、観察は終了させていただこう。
 次に観察の機会を得た際には、是非再びご一緒していただければ嬉しい、心からそう思う。

 私は観察者、人々の行動を観察し、思いを経験する者である、今日までは……

 私は『聖女と愉快な仲間たち』の思いを継ぐ者、世界を救うために諦め悪く足掻く者、幸福コウフク聖邪セイヤである。


苦痛の葬送曲レクイエム   了


これにて【堕肉の果て】第三章『苦痛の葬送曲レクイエム』は完結となります。
数日間の幕間、副読編の投稿に続き、第四章『メダカの王様』の投稿を予定しておりますので、引き続きお付合い頂ければ大変嬉しく思います。

お読みいただきありがとうございます。
感謝! 感激! 感動! です('v')
まだまだ文章、構成力共に拙い作品ですが、皆様のご意見、お力をお借りすることでいつか上手に書けるようになりたいと願っています。
これからもよろしくお願い致します。
拙作に目を通して頂き誠にありがとうございました。

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