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掌編小説)いちばん

蝉の声は何かを掻き消さんとばかりに鳴り響き気温は30度を越えて、すっかりと夏らしい日々が続いている。
時計の針がもう少しで重なろうかと言う時間に私はモゾモゾとベットから這い出し、洗面台の前に立っていた。
鏡の中の気怠そうな私が『もう終わりにしたら?』と不気味な笑顔をこちらに向けていた…。

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私は兼ねてから希望していた進学校として名前の通った学校に受かった。

合格発表の時には、あまりの嬉しさから一緒に行った結衣に抱きついて泣いてしまった。
結衣とは幼稚園からの幼馴染みで、彼女は、私と違って頭も良くここに受かる事も当然といった感じで、『また、一緒に通えるね』と微笑みながら私を抱きしめてくれた。
昔から面倒見が良く可愛いかった結衣は、男女を問わずに誰からも好かれていた…。
そんな結衣が幼馴染で1番の親友である事は、私のちょっとした自慢で…。

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どこの学校にも『七不思議』というものがある。この学校にも、呪われた教室というのがあって、その教室を使うとそのクラスで1番の美少女が死ぬという…。

何十年か前にその教室で失恋を理由に自殺をした男子生徒が、寂しさを埋める為に1番の美少女をあちらに連れて行ってしまうという何処にでもありそうな話だった。

最初は単なる噂話だろうと誰も気に留めていなかったが、『学校近くのパン屋の娘さんが、どうやらこの呪いの犠牲者だったらしい』とか、『何年か前に定時制の子が線路に飛び込んで自殺したけど、その子もこの教室を使っていたらしいよ』とか『別の年にも事故で亡くなった子がいたんだって』とか…。
こんな話が教室の至る所から聞こえてくると単なる噂ではないのではないかと、この話も段々と信憑性が増していった。

そもそも、こんな話がやたらと教室内で飛び交うようになったのは、どうやら私達の使っている教室が例の呪われた教室じゃないかって誰かが言い出したのが原因だった。
確かに私たちが受験した年は、国際コミニケーション科が増設され急遽1学年あたりのクラスが増えてしまったせいで教室の数が足らなくなり、近年は使われずに物置きと化していたこの教室を使う事になった。
他の教室と比べると少し広めの作りだったし、床の所々に何かが置いてあったような凹みやら、微妙な色の違いなんかもあって、言われてみたら少し不気味な雰囲気があったから、こんな話が出てきたんだろう…。

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梅雨の湿気に髪が跳ねてしまい、毎朝、それを直す為に早起きが強いられるようになった頃、結衣が交通事故で亡くなった。
訃報を耳にした時は、理解する事が出来ずに、
『なんで?なんで結衣が?』
と狂ったように喚き散らした。
その後は床に崩れ落ちる様にしゃがみ込んで人目もはばからずに大泣きをした。

その日から、何を食べても味を感じる事がなくなり、次第に食べ物は喉を通らなくなった。
眠れない夜が続き、段々と学校へも行かなくなった。

夏休みも終わりに近づいてきたある日、私は限界に達し、真夜中の校舎に忍び込んで屋上へと向かった。
フェンスを乗り越え見下ろすと、生暖かい風が髪をなびかせた。
色んな事が頭の中でぐしゃぐしゃになり、文字が乱雑に並ぶような状態でも、『なんで結衣が』って言葉だけはハッキリとしていて、何度も何度もリフレインされていた。
もう、考えるのにも疲れて、全てを終わりにしようと私は吸い込まれる様に空へと身を投げた…。
すぅっと走馬灯が駆け巡った次の瞬間、男の子の声が聞こえた。

『君は違う』

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目を開けると真っ白な天井が見えた。
ここは何処なのかと体を起こすと、右手に激痛が走り左手に刺さった点滴が腕の自由を奪っていた。
『死ねなかったんだぁ』
そう残念に思っていると母がやってきて、号泣しなが私を抱きしめた。
色んな事を言われた様だけど、何も耳には届かなかった。
自殺に失敗してしまったのは運命だと思って、今後は一生懸命に生きようと考えを改めた。

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退院してからは、元の体に…いや元よりも良くなれる様にと食事もバランスよくしっかりと取って、ランニングやストレッチに筋トレといった健康に気を使った生活にシフトチェンジした。
結衣の事はとても悲しかったけれど、なんとか受け止める事ができた。

吐く息も白くなる頃には、すっかりと元気になって今日から復学することになった。
歯を磨き、休んでいた間に覚えた化粧で顔を変える。鏡に映った自分はまるで別人の様で『あなたが1番綺麗よ』と言っている様だった。
これなら大丈夫。きっと結衣より私の方が…。

『行ってきまーす』
学校へ向かう私の足取りはとても軽くなっていた。


終わり