うみを知るまで(2)

朝でも夜でもない時間。

それが僕の時間になって、一番安らぎを得られる瞬間だった。
いつしか、人生に答えを求めるようになってしまった僕は、図書館で伝記ばかり借りて読んだ。
どうしたら、名の残る人間になれるのか、わかると思ったから。
世界の偉人や、天下人は苦悩していたのだろうか。
己がなんなのか、どうあるべきか。
きっと、こんなことを考えてる時点で、僕は、偉人ではないし、非凡な才能を持ち合わせていたり、特殊な環境に生まれ育ったわけではない。もちろん、伝記を読んでも、答えなんて見つかるはずはなかった。

それから、死とか人生とかから目を背けて息をした。
相変わらず夜は怖かったけれど、楽しいことを考えながら寝たり、疲れ果てるまで遊んだら、眠れるようになった。

中学生になって、高校受験が控えた、梅雨の季節、苦手な数学だけがどうしても足を引っ張っていて、躍起になっていた。
そうすると、母から祖父が亡くなったことを告げられた。
祖父は、癌だった。記憶が曖昧だが、発見した時にはかなり進行していて、急いで会いに行くよと約束した日の2日前だった。
予定を前倒しにして、翌日、祖父の元へ行った。
祖父もまた、眠っているようだった。
頬に触れた。
冷たかった。
蟬を素手で捕まえて、虫が苦手な僕に見せてきたこの手は動かない。
夏休みに帰ると僕のことを黙って見つめたこの眼はもう開かない。
母とビールを飲んで笑っていたこの顔はもう笑わない。
祖父と別れを告げ、祖父は灰になり、骨になった。
骨壺に入れる喉仏を箸でつまんでいれた。
祖父は、祖母の手の中に収まるほど小さくなって、墓の中に入っていった。

祖父が、僕の夢枕に立つことはなかった。
僕は、また夢を見られなくなったから。
祖父は幸せだったのだろうか、わがままな孫がうっとうしくなかっただろうか。
祖母と生きて楽しかっただろうか。
父とおじを育てて、充足していただろうか。
僕は、祖父のことを知らなかった。
祖父は、人生で一度くらい、ハーレーダビッドソンに乗ってみたいと言っていた。
僕が買ってあげるというと、お酒が入っててもあまり笑わない祖父が笑って言ってくれた。
それまでは、生きないとなぁ、楽しみだ。
そんな祖父の笑顔も、今ではおぼろげになってしまって、時間の残酷さを思い知らされた。

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