見出し画像

醒めない夢を観ていた〈短散文〉

 目が覚めると、隣には君がいた。香水をつけたままの身体は、昨夜とは少し変わった匂いがしていて、それが妙に艶やかに感じた。重たい頭をゆっくりと上半身ごと起き上がらせると、肌寒さを感じたのか、君ものそりと起き上がってこちらを気だるげな目で見つめる。
「おはよう、早いのね」
そう言って君が指さした先の時計は朝の6時を示していた。
コーヒーでも淹れようか、と僕が言うと、
「紅茶がいい」
と君は言いながら部屋着を着て寒そうにしている。僕もそれにならって、適当なスウェットで身体を覆った。
 やかんで湯を沸かしていると、君がゆっくりと後から手を回してくる。もうすぐできるよ、と言っても君は何も言わなかった。やかんから勢いよく湯気が立ち上り、コンロの火を切ってから、もう淹れるから待っていて、熱いから危ないよ、そう言っても君は僕の背中に顔を埋めるだけで何も答えなかった。仕方なく、慎重にコーヒーと紅茶を用意して、できたものを手渡すと、やっと君は自分の分の紅茶を持って、テーブルに腰を落ち着けて、
「ありがとう」
とだけ言って、窓を眺めながら紅茶をすすった。
僕も君の前でコーヒーを飲んで、朝焼けが落ち着いて、青白くなってきた空を見ながらこの後の事を考えていた。するとだんだんと、頭にもやのようなものがかかり始めた。
「どうしたの?」
君が怪訝な表情をして僕の顔をのぞき込んでくるので、大丈夫、とだけ言うと、君は柔らかく僕の頭を包み込んでくる。
「無理しないでいいのよ、今日は休んだら」
君の声が、耳に膜を張ったように聞こえづらい。少し横になってもいい、と言うと、君は僕を優しくベッドまで連れて行ってくれた。
そのまま布団を掛けて寝かせて、君もその隣に入ってくる。すぐそばにあるはずの君の顔がぼんやりし始めて、見ることができない。
 目を開けると、見慣れた天井があった。都内の六畳一間のなんでもない賃貸の天井。セールで買ったシングルサイズのベッド、大の大人が2人寝るにはとても窮屈なものだ。寝ぼけ眼で見た時計は朝の10時を示していて、外の光はもう昼に近かった。台所に行って蛇口をひねりコップに水を汲む。洗面台がない代わりに、自分で壁に貼り付けた鏡に映る情けない顔をぼーっと視界の真ん中にいれながら、先ほどまでの光景をずっと反芻していた。いつまでも駄々をこねる子どもみたいに、ずっと。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?