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リアクションのボキャブラリー(アメリカ留学#1)

 アメリカに降り立ち、初めて会ったアメリカ人は事前に大学にお願いして(別途料金発生)空港まで迎えに来てもらった、エドワード(仮名)だった。彼も元々はこれから僕が通うことになる大学の生徒で、卒業後僕のような外国からの留学生をサポートするバイトを大学で行っていた。ヒスパニック系の青年で、当時は日本人以外の人を見慣れてなかったので、実年齢より老けて見えて、やけに大人びて映った。空港の出入り口付近で大学のロゴを抱えていたので、約16時間という長いフライトを終えたばかりで疲れていた僕の目にも、一目で彼が事前にメールでやり取りしていたエドワードであることがわかった僕は、フレンドリーな笑みを浮かべて彼に近寄った。

「Hi! Are you the guy from 大学名?」

 当時なんて話しかけたか覚えていないが、多分こんなようなことを言ったと思う。英語を話すことに抵抗はなかった。「郷に入っては郷に従え」とはいうが、人間の環境適応能力は素晴らしい。まあ、実際には話さなきゃ何も始まらないことは分かっていたし、長時間のフライトで疲れていたので、恥ずかしさを覚えることすら思いつかなかっただけだけど。

 エドワードは僕が彼の待ち人だと気がつかなかったと言って、笑って握手してきた。事前に写真は共有したはずだけどと思っていると、彼は続けて写真ではメガネをかけてなかったからと付け加えた。なるほど、そういうことか。そりゃあ初対面で写真では裸眼なのに眼鏡かけられたらわからないか。アジア人ってことも関係してるのかな。

「荷物持とうか?」

「いや、大丈夫」

 僕が断るとエドワードはそのまま僕を先導するように歩き始めた。個人的に人を出身国の文化や、性別でくくるのは好きではないけど、もう一度尋ねることなくスッと何事もなかったかのように歩き始めたエドワードを見て、僕はアメリカを感じた。全員が全員そういうわけではないとは思うが、日本人なら何かをあげたり、してあげるという旨を相手に伝えられたら一回は断るのがわりと普通だと思う。そして二回目に実際の気持ちを言うのだ。してほしいならお願いして、本当にいいなら大丈夫です、と。僕は本当に荷物は自分で持つつもりだったのでどっちでもよかったが、そんな考えが微塵もなさげな彼の態度に、アメリカ、というより日本以外の文化の風を感じたのだ。

 大学は空港から車でスムーズに進めば二時間ほどの距離にあるらしかった。しかし、このエドワードとのドライブはその倍の四時間はかかった。当然その間無言でいれるはずがないので、会話が発生する。そしてそこで僕は原始にして最大の問題に直面した。

会話が弾まない!!

 僕は外交的な人間ではない。誰彼構わず親しげに話しかけて、派手に笑って見せたり、肩を組んだりするようなタイプではない。完全に内向的で一人で過ごす時間が大好きだし、静かな場所を好むタイプだ。でも、決して社交性がないというわけではない。親しい友人と過ごす時間は何より好きだし、この時間がずっと続けばいいのにと思うこともある。美容師とも散髪中に話すし、相手が店員だろうが、タクシーの運転手だろうが、たまたま席が隣になった人だろうが、相手に僕と話す意志さえあれば会話することは容易にできる。誰だろうと笑わせて楽しませることは相性的な問題で難しいが、適度に相槌を打って相手に興味を持っていることを示したり、程よく質問して相手の話を引き出したり、自分の話をして愛想笑いを引き出すこともできる。それが日本語であったなら。

 飛行機内で水をCAさんに頼めたり、空港内に流れるアナウンスをちゃんと聞き取れたことで油断していたが、僕はまだ英語でのコミュニケーションをマスターしたわけではないのだ。そのことにアメリカで会った初めてのアメリカ人のエドワードはすぐに気づかせてくれた。なんせ会話が弾まないのだ。彼の言っていることは100%ではないにしろ聞き取れたし、僕の英語(発音もスピードも当然完ぺきではない)も彼は理解していた。問題は僕の英語におけるリアクションのボキャブラリーのなさだった。

 日本語であったなら、「うん」、「なるほど」、「そういうことね」、「わかる」など、使い慣れた馴染みの言葉たちが状況にあったトーンを携えて、相応しい表情と共に躍り出て会話を盛り上げてくれる。しかし、英語で言うそれらに当たる丁度良い言葉を僕は知らない。代わりにステージに上がったのは「Amazaing」、「Fantastic」、「Great」という、何でもない会話に使うには熟練度が必要な、何というか大袈裟な言葉たち。しかもそれらは緊張と疲労で硬くなった表情と共に繰り出された。それを聞いてエドワードは何と思ったのだろうか。もし僕が彼だったら馬鹿にされていると思うかもしれない。だって完全に無表情ではないにしろ、明らかに言葉の強さに見合わない表情で「すごい」や「すばらしい」としか返してこない初対面の異国人。どう考えても心の底から自分の話に「すごい」や「すばらしい」と感じているようには見えない。「とりあえずこう言っとくか」みたいな適当さがにじみ出ている。実際はそれぐらいしかリアクションのボキャブラリーがなかっただけなのだが。そんなこと知らないエドワードは当然話す気が失せたことだろう。(なまじ、リスニングとスピーキングがある程度できていたせいで、こいつは喋れるが自分としゃべる気はない、と思われていたことを後になって知った。)

 ごめんよエドワード。当時の僕にとってあれは全力だった。そして当時の僕にアドバイスしたい。いいか、よく聞け。いちいち何か言う必要はない。基本的に「あーはん」と言っていればいいんだよ。


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