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「黒い雲」——『さよならデパート』ができるまで(9)

今になって『鬼滅の刃』を熱心に読んでいる。
アニメの方は、大ブームに差し掛かった頃にネット配信で観ていた。
初めは楽しく視聴していたのだけど、善逸と伊之助がそろった辺りで挫折してしまった。

おそらく私が疲れていたのだろう。
3人が3人ともにぎやかなものだから、そのエネルギーに耐えられなくなったのだ。若者向けのダイニングバーに、よれよれの背広を着て出向いてしまったようなものだ。周りがしゃれたビール瓶の口にライムをぶっ挿している中、「刺身と熱燗がない」と嘆いても仕方ない。

とはいえ、音のない原作の方なら読んでみたいとはずっと思っていた。
これだけ人気になっているのなら、きっと面白いはずだ。
私の一番好きな漫画は『南国少年パプワくん』だけども、それを超えてくるかもしれない。

そんな気持ちを抱えつつ、かといって執筆以外のことに熱中する間もなく過ごしていた。
無事『さよならデパート』の発売にこぎ着け、少し他のことをやる余裕もできたので、娘に買い与えるという形を装って鬼滅を読み進めている。

確かに面白い。
王道の少年漫画的でありつつ、少年漫画であることを「フリ」にした裏切りなんかも散見されて、「進化しているのだな」と偉そうだけども感心してしまった。刺身の盛り合わせに、細かい包丁仕事を発見した時みたいな感覚だ。

まだ最後まで読んではいないのだが、興奮したシーンは「柱」たちが初めて登場するところだ。
新しいキャラクターがわさわさと出てくる場面は、『ドラゴンボール』のギニュー特戦隊や『幽☆遊☆白書』の暗黒武術会でもそうだけど、盛り上がる。それぞれに特徴ある強者たちが、これからどんな戦いを繰り広げるのだろうと胸が躍るものだ。

だけど活字のみの表現で同じことをやるには、注意が要ると考えている。
漫画や映画はビジュアルがあるので、新キャラクターの一斉登場は華やかなものだ。一方、文章と読者の想像力だけを頼りにする文芸では、未知の固有名詞がわっと出てくると、一気に集中力が削がれてしまうんじゃないかと思うのだ。

——佐藤が自宅を出ると、道の向こうから5つの影が歩いてきた。
彼らは「鹿間裕也」「諸星海里」「深澤ゆうか」「唐橋モリオール」「バサナビザッチ・ゴールオースト」だ。
鹿間が人さし指から「ギュザン」を放出し、諸星にバイアックする。そこで深澤がゴールオーストに唐橋の口紅をプリイーズンした。
佐藤は彼らの間を無言で擦り抜けた。

こんな感じになってしまう。
私の技術の問題かもしれないけども。

というわけでこういう場合、私はまず「関係性」で表現することにしている。

——佐藤が自宅を出ると、道の向こうから5つの影が歩いてきた。
彼らは「佐藤の生みの父」「生みの父の姉」「腹違いの妹」「生き別れの母」「母の飼い犬」だ。

まだだいぶ情報がごちゃごちゃしているが、さっきよりは少し想像しやすくなったのではないかと思う。「ギュザン」とか「バイアック」とかに関しては、私もよく知らない。

『さよならデパート』にも、たくさんの人物が登場する。
彼らはそれぞれに特徴があって魅力的だけども、思い切って名前をカットし「関係性」だけで語った人も多い。前述した理由からと、読んでいる途中で「これ誰だっけ?」と前のページに戻るのが私は好きじゃないからだ。

注釈も付けたくなかった。
私が読者である時は、本文から目を離すのがどうも苦手なのだ。
なので、本文だけを追って理解できるように、それでいて説明がくどくないようにと表現に気を付けたつもりだ。それでも、山形の歴史やデパート事情に詳しい人にとっては「わざわざここまで書かなくていい」と感じる部分もあったかもしれない。難しいものだ。

第4章「黒い雲」にも、 魅力あふれるキャラクターがたくさん登場し、さまざまな駆け引きを見せる。
彼らの輝きを曇らせないためにも、やはり「関係性」から語る手法を徹底した。

【ここから本編のネタバレあり】

デパートの前身である「勧工場」の成り立ちが主だが、私は国立銀行創業のエピソードが個人的に好きだ。
「武士の救済」という名目を前に、商人や地主たちの思惑が交錯するさまに引き付けられた。

私は人間の「欲」をのぞくのが楽しいのかもしれない。それは嘲笑的なものではなく、共感だ。
自分にも、金銭や名誉の欲に負けて痛い思いをした経験がある。それを思い出して胸をチクチクさせながら、昔の人の欲を描いていった。そんな共犯関係が愉快だったのだろう。

何となく持っていた「山形銀行」の通帳だが、この章を書いてからは重みが増した気がする。おこがましいけども、山形銀行で働く方たちにもこの歴史を知ってもらえたなら嬉しい。

【ネタバレここまで】

というわけで、次は第5章「花が咲く」だ。
『さよならデパート』について大きな後悔があるとすれば、桜が咲く前に発売できなかったことだろう。
1人にでも2人にでも、霞城公園に咲く花の物語を知ってもらいたかった。

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