二人目のデザイン
これは、アメリカの起業家デレク・シヴァーズのTEDトークの動画です。
タイトルは「社会運動はどうやって起こすか」。
社会運動を起こすには、一人目の熱量を受け継ぐ、二人目、三人目の仲間が大切という話です。しかし、社会運動に限らず、ともに行動してくれる仲間を見つけるのは難しく、踊り続けるのも大変なことです。
創業129周年を迎えた北海道旭川市の建設会社、荒井建設も一緒に踊る仲間づくりに悩んでいました。同社の悩みは、2020年から始めたデザイン経営の浸透方法です。まずは、社内メンバーで取り組みをはじめ、新しい経営理念をつくるも、その浸透方法がわからずプロジェクトが停滞してしまいます。集まっていたメンバーの熱量も下がり、このままではプロジェクトがしぼんでしまう、という状況でした。
そんな折に、KESIKIとのプロジェクトがスタートしました。1年で、新しいバリュー、ロゴやホームページなどをつくり、当初は8人だったカルチャー・デザインに携わるメンバーも、3倍以上に増えました。リブランディングに対し、総勢194名の社員のうち70%が前向きな反応を示しています。中には、自主的にプロジェクトを立ち上げ、カルチャーデザインに取り組んでいるメンバーもいます。
何が一度は止まりかけた踊りを、周りを巻き込む大きなムーブメントに変えたのか。
その軌跡を振り返ります。
かっこいい建設会社へ
「きつい、汚い、危険の『3K』と呼ばれる建設業界の一社から、感動があり、希望があり、矜持を持てる。そんな新しい『3K』を持つ、子供が将来に誇れるかっこいい会社へ生まれ変わりたい」
2022年3月、そんな内容が書かれたメールがKESIKIの元に届きました。送り主は、岡﨑竜志さん。土木一筋40年になるベテランの技術者です。
依頼の背景には、歴史と共に積み上げてきた荒井建設の「誇り」と「課題」がありました。
荒井建設の歴史は戦前、初代の荒井初一が富山から北海道に移り住んだことから始まります。初一は土木や建築業だけでなく、観光名所である層雲峡にある温泉宿の経営や、大雪山の国立公園指定に尽力し、旭川一帯を盛り上げていきます。その後も、新幹線工事や旭川駅前広場、北海道遺産・旭橋の改修など様々な建設に携わっています。時には利益度外視で、歴史ある建物の存続に尽くすこともありました。
一方、会社が成長するにつれ、課題も増えていきました。特に、建設業ならではの労働環境による疲弊感や、優秀な社員や熱意ある若手と管理職の間に生まれた仕事に対する意識の差は、見過ごせない課題でした。
そうした状況の中、前社長から「荒井建設にデザイン経営を取り入れるためのプロジェクトを立ち上げてほしい」と岡﨑さんに辞令が下ります。デザインの「デ」の字も知らなかったと語る岡﨑さん。有志を集め、定例会を開き、特許庁の「「デザイン経営」宣言」、「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック」や様々な書籍を輪読し、デザイン経営の勉強をはじめます。
中でも岡﨑さんが影響を受けた一冊が、KESIKIのCDO石川俊祐の著書「HELLO,DESIGN 日本人とデザイン」です。本を通じて、デザイン経営を実施するためには、まず「愛される会社」であることが重要だと確信した岡﨑さん。そのために、経営理念の刷新に取り組みます。
そうして生まれたのが、「かっこいい会社になろう」という目標と、行動指針である「社員の心がけ」です。
しかし、経営理念を浸透させる段階で、チームの動きが止まってしまいます。そこには二つの原因がありました。一つは、そもそも経営理念の浸透方法がわからなかったこと。もう一つは、2年間プロジェクトに取り組んできた中で経営理念しかアウトプットが出せず、チームの空気が沈んでいたことです。
それでも岡﨑さんは、なんとか会社を変えたいと思っていました。その時思い出したのが、「愛される会社づくりとやさしさがめぐるデザイン」という、KESIKIが大事にしている言葉でした。
加えて、「ここから先はデザイン経営の浸透に伴走してくれる外部の会社の支援も検討してみて欲しい」という現社長のアドバイスもあり、KESIKIとのプロジェクトがスタートすることになりました。
愛称が小さな一歩に
今回のプロジェクトでKESIKIが大事にしたことは、荒井建設のメンバーが主体となり、ワクワクしながらプロジェクトを進めていくことです。自分たちが組織を変えた実感こそが、活動を持続させるからです。
まず行ったのが、プロジェクトメンバーの再編です。これまでのプロジェクトチームは代表と社長、岡﨑さんらが各部署に声をかけて集めた社員たちでした。一方、新チームは本気で組織を変えたいと思うメンバーを集めるため、挙手制によるチームづくりをしました。「正直、一人も集まらなかったらどうしよう」という岡﨑さんの不安とは裏腹に、8人の熱量あるメンバーが集まりました。
メンバーのワクワクを醸成し、チームへの愛着を持ってもらうため、これまでのチーム名である「デザイン戦略推進プロジェクトチーム」も新たにしました。ここには、小さな意思決定から、荒井が目指す「かっこいい会社」を体現する狙いもありました。
アイデアを募り、投票の結果決まったのが、プロジェクトメンバーの荒井祐貴子さん考案の「AMI」です。
「AMI」には3つの意味がこめられています。一つは、「荒井の未来」の略。もう一つは、ひっくり返すと「I AM」となることから、「自分ごとに捉えよう」という願い。そして、逆から読むと「いま」と読めることから、今この瞬間に向き合おうという思いです。
さらに、チームへの愛着を深めるため、名前が決まったその場でKESIKIのデザイナーが素早くプロトタイピングし、ロゴも作成しました。
この一連の流れを、新しくプロジェクトリーダーとなった永倉恵理子さんは、こう振り返ります。
「これまでは何かをつくる時、100%考え切ってから形にするプロセスが当たり前でした。一方、今回のロゴは、全員が考え切ったのかというと、きっとそうではありません。しかし、完璧でなくとも、考えたものを一旦アウトプットとしてつくってみる方が、物事がどんどん前に進んでいくのだと感じました。また、形になることで、プロジェクトに対する愛着も一気に湧いてきました」
思考が形になると、前に進む
思いついたら、まずやってみる。
そうしたマインドが少しづつ浸透し、AMIは小さな活動から「かっこいい会社」を体現するようになります。その一つが、AMIの活動を広めるための社内報、「AMIタイムズ」です。それぞれの事業部の活動や働いている仲間について発信していきました。
AMIの活動を広めつつ、次に取り組んだプロジェクトが「社員の心がけ」をアップデートした、バリューづくりです。一人ひとりが「かっこいい会社」を体現するため、より具体的な行動を示したいというAMIの思いから始まりました。
バリューづくりでは、KESIKIからインスピレーションをシェアしつつ、アイデアの発散と収束を繰り返すワークショップを実施しました。AMIからは、たくさんの「かっこいい会社」を体現するための価値観とそれに紐づく行動指針が出てきました。
出てきたアウトプットの量をみる限り、バリューはすぐに決まると思っていましたが、意外にもプロジェクトの進捗が鈍化していきます。メンバーそれぞれが「かっこいい会社」に求められる行動を洗い出し、本気で考えている分、どれも良さそうに見えて、決めきれずにいたのです。
「幅広い年代の社員に伝えるために、どんな言葉を選んだらいいのかわからず、ずっと答えのない宿題をしている感覚でした」
永倉さんがそう表すように、最初に経営理念を決めたあとのような停滞した空気が漂います。
そんな状況を打破したのが、リブランディングのために用意した荒井建設の新しいロゴでした。
AMIがバリューを考えている裏側で、KESIKIは数々の有名ロゴデザインを手がけてきたデザイン会社「&Form」とともに、ロゴのデザインを進めていました。
入念なリサーチを経て、でき上がったのが荒井と旭川の頭文字「A」を形づくる3本線に、荒井建設・旭川市・街で暮らす人々の三者や建設の足場の意味を託したロゴです。
一人ひとりが荒井建設を引っ張っていき、その主体性や多様性を尊重する。そんな新しい荒井建設のあり方を表現するため、「A」に使われている3本線は自由に動かせる仕様になっており、社員が自分だけのロゴをつくることができます。
自分なりに解釈できるロゴ、という考え方は、バリューをまとめる言葉にも影響を与えました。これまでの案として出ていた四字熟語や文章でまとめ、解釈を狭めるのではなく、読んだ人が自分なりに解釈できるよう「一つの動詞」でまとめることになったのです。
KESIKIも一緒に表現のスタディに関わり、最終的に持ち続けたい「らしさ」と起こしたい「変容」、二つの要素を合わせた6つのバリューが完成しました。
想像の不安は、行動で安心に
ロゴとバリューができ上がり、新しい文化を浸透させる準備が整いました。発表は年度始めの4月3日。ワクワクする一方で、新しい荒井建設が受け入れられるのかという不安がAMIによぎります。
そこでKESIKIから提案したのが、新しい荒井建設のあり方をプロトタイプ的に実装することです。取り組んだのは、荒井建設の広々としたロビーの一部を使った「AMIカフェ」。
AMIカフェは、AMIの活動を知ってもらったり、新しいミッションやビジョンをテーマにコーヒーやお菓子を食べながら語り合える場です。新しい荒井建設を象徴する活動の中で上がっていたアイデア、「社員同士のコミュニケーションを促進する」を具体化したものです。
プロトタイピングのポイントは荒削りで試すこと。相手の反応を知るためのものなので、失敗という概念もありません。AMIカフェもAMIのメンバーがキャンプチェアやハンモックなどを持参して、ほぼコストゼロで実施しました。
「せっかくだから、いろんな人に来てもらいたいというメンバーの意向もあり、AMIカフェを開く日をたくさんの社員が集う取締役会と同じ日にしたんです。もし、全然盛り上がらなかったり、反発を受けたらどうしようかと、内心ヒヤヒヤしていました」
そんな岡﨑さんの心配は杞憂に終わり、カフェには多くの人が訪れ、これまで交流のなかった社員同士が気軽に話し合う場となりました。さらに、この取り組みは社長からも高い評価を受け、実際にロビーをリノベーションする話まで上がり、現在一つのプロジェクトとして進んでいます。
AMIカフェを通してつくった新しい会社の空気を、新しいロゴとバリューの発表が後押しします。特に、可変できるロゴに対しては、社員からの期待も高く、「いつから使えるのか」「自分たちの部署オリジナルのものをつくっていいのか」という声が上がるほどでした。
まず、自分たちが楽しむこと
MVVと新しいロゴに加え、11月1日の129周年の節目にはHPを刷新し、荒井建設は「かっこいい会社」への一歩を踏みだしました。これまでは総務部が担当していたHPの制作ですが、AMIの活動が功を奏し、今回はあらゆる部署の協力の元、制作が進んで行きました。WebのデザインはKESIKIのプロジェクトのWebデザインを数多くご一緒している、デザイン会社「Multiples」です。
また、新しいロゴはすぐに名刺に反映され、他の場所でも思い思いの形で使われていく予定です。
リブランディングを通して、「かっこいい会社」を体現するメンバーも増えてきました。AMI+というサブチームが結成され、ユニフォームや働く空間のリデザイン、働き方の見直し、中長期の経営計画づくり、などのプロジェクトが自発的に動き出しています。
社内のコミュニケーションにも変化がありました。例えば、永倉さんが所属するバックオフィス系のフロアでは、業務改善に繋がる情報を互いに共有したり、時には業務をフォローしあったりと、部署の垣根を越えた交流が生まれてきているそうです。
約4年間続けてきたリブランディングのプロジェクトを岡﨑さんはこう振り返ります。
「デザイン経営とは何かを知るところから始まったプロジェクト。デザイン・アプローチ自体が初めての取り組みだったため、問いと答えの行き来に最初はモヤモヤする瞬間もありました。でも、AMIが熱量を保てたのは、KESIKIさんから教わった「モヤモヤを抱きしめて!」の一言をメンバー全員で口癖のように唱え、行動を積み重ねられたからだと思います。今後も自分なりにアクションをする人をどんどん増やしていきたいです」
永倉さんは、形にするだけでなく、自分たちで楽しんでみるマインドも大事だったといいます。
「プロジェクトを進める上で、常に熱量が高かった訳ではありません。気分が沈んだり、落ち込む時もありました。でも、そんな時こそ、まずは自分たちの幸せや充実感を大切にしていました。ミーティング場所をグループ会社のホテルのカフェに変更したり、ちょっと遠くの現場見学ツアーをしたり。また、実現性度外視で、ワクワクするアイデアを出し合うこともありました。今振り返ると、自分たちが一年前にやりたいと思っていた企画がいくつも実現してるんです。自分がまず楽しむことが、やっぱり大事だなと感じてます」
完璧でなくても形にする。思いたったら行動する。成功・失敗の前に、自分たちが楽しんでみる。そうした遊び心が、熱量を持続させ、周りにも伝わり、二人目、三人目の仲間を増やしていく。
次に見据えるのは、1年後の130周年の日。様々なステークホルダーに対して「かっこいい会社」へと変化していく荒井建設を伝えていく予定です。
これからの荒井建設の物語をぜひ、お楽しみに。
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