グッドデザインの未来
「デザインを、一人ひとりの力に。」
2023年10月、日本のデザイン業界を率いてきた公益財団法人・日本デザイン振興会(通称:JDP)が、初めて組織としてのパーパスを掲げました。
JDPは、日本を代表するデザインアワードである「グッドデザイン賞」を、運営してきた団体です。そのルーツは、60年以上前の戦後の時代にまで遡り、デザインによって日本の経済産業を振興してきたところにあります。そこから、社会の変化と共にデザインの役割は大きく変化してきました。
では、現在の日本におけるデザインの役割とは、どんなものでしょうか。これから、デザインはどのように人や社会に貢献していくことができるでしょうか。
数十年に渡って日本における「グッドデザイン」を見つめてきたJDPの眼差しを通して、日本のデザインのこれからを考えます。
現代の日本におけるデザインの力
「デザイン」の役割ってなんだろう?
機能的で美しいものをつくること、
豊かな体験を生み出すこと……。
その答えは時代と共に移り変わってきました。
日本を代表するデザインアワードである「グッドデザイン賞」の受賞の歴史を見ると、その変遷がよく分かります。戦後の産業復興から、価値観の多様化、心の豊かさを求める時代へ。モノからコト、サービス、システムとデザインの対象も幅が広がってきています。
気候変動、資源枯渇、貧困、人権問題など、人類共通の大きな課題が差し迫っている今、デザインの果たす役割はさらに広がっています。これらの問題は、一つの組織、一つの地域だけで立ち向かうことはできません。一つのモノやサービスをつくることで解決できるものでもありません。企業同士が協力したり、地域間で連携したり、様々な技術をかけあわせていく必要があります。
デザインには、そういった新たな「関係性」を生みだす力があります。多様なバックグラウンドを持つ人たちそれぞれの創造性を引き出し、より良い関係性を生み出す。最近では、そういったことに、デザインの力が生かされるケースが増えています。
たとえば、2021年度のグッドデザイン大賞に選ばれた、「分身ロボットOriHime」と「分身ロボットカフェ DAWN」は、遠隔操作ロボットによって身体が不自由な人や職場へ行けない事情がある人でも、カフェで接客の仕事ができるという仕組みをつくりました。これまででは出会うことのできなかった人と人との関係性を生み出しています。
2022年度のグッドデザイン大賞に選ばれた奈良県の駄菓子屋「チロル堂」もより良い関係をデザインした好例です。大人が飲食したお金の一部が、地域の子どものご飯やお菓子代になり、貧困の子どもたちの成長を支えるサイクルを生み出しました。
“デザインを、一人ひとりの力に。”
そんな時代の流れがある中、このデザインの力を”日本のデザイン業界”に閉じず、あらゆる業界や領域の人・組織、また地方、そして世界へと広げていきたい。日本のデザインを牽引してきた日本デザイン振興会(JDP)は、そう考える節目に来ていました。
グッドデザイン賞を中心に集まってくる素晴らしいデザインやそのプロセス、企業、組織、審査員などを資産として、デザインの力をもっともっと多くの人に届けたい。そんな思いから、地域とコラボレーションした「東京ビジネスデザインアワード」や、地域の自然を生かしたプロジェクトに焦点を当てた「山水郷チャンネル」など、多様なチャレンジを始めていました。
しかし、もっと事業を広げていきたいという動きが加速してきたところで、JDPがやるべきことなのか、何から始めるべきなのか、判断の指針となるものがないと進められないという壁に直面。そこでKESIKIと共に、デザインというものを再定義し、その中でJDPが何をしていくのか、パーパスやアクションを考えるプロジェクトが発足しました。
JDPの全職員が参加して、JDPの歴史を振り返ったり、どういった変化を起こしていきたいか、自分たちらしさとは、といったテーマでワークショップを行い、言語化を進めていきました。
デザインの力ってなんだろう?
これからのグッドデザインってなんだろう?
議論をする中で見えてきたのは、「人とあらゆるものとの関係性をより良くすること」、「一人ひとりの創造性を引き出すこと」。
そして、そんなデザインの可能性をより多くの人に拡げていく。それこそがJDPの存在理由だという結論に至りました。
また、「デザインを拡げる」ということを具体的なアクションへと落とし込むために、事業指針を5つの動詞として言語化。
すでにスタートしていた新しいプロジェクトや、一人ひとりの職員の日々の仕事にも、これらの動詞を当てはめ、これまでの振り返り、これからの行動を考えていく指針となりました。
創造性をかけあわせコラボレーションを生みだす組織へ
さらにこれらを基軸として、2030年までにやること、これからすぐに動き始めるプロジェクトを3つに絞り込み、社会に宣言するところまで踏み込みました。
メンバーの中から最も必要性が訴えられたのは、JDPに集まったデザインやデータ、また研究機関などと共同した知識や情報をまとめ、デザインに馴染みのない人々にもデザインの知識や有用性を知ってもらうこと。また、日本のデザインがまだまだ世界に知られていないという課題意識から、グローバル発信のプロジェクトもピックアップされました。
最後もう一つを何にするかというところで、プロジェクトコアメンバーでの議論が行き詰まった時、ひとつ印象的な出来事がありました。コアメンバーのひとりであるJDPの塚田さんは、みんなの意見をきちんと聞き、上層部の意向をしっかり汲み取り、誰一人取り残さないような気遣いのできる優しいプロジェクトリーダー。その塚田さんが、「私は教育や子どもに関わることがやりたいです!」と手を挙げたのです。
公益財団法人という組織体や、グッドデザイン賞を公平公正に執り行うことが第一優先とされてきたJDPでは、組織体質として、なかなかメンバー一人ひとりが、主体性や積極性を持ちにくいという悩みがありました。
職員一人ひとりがプロアクティブに行動をしていくような組織の空気を作っていくということも、このパーパスプロジェクトの目的のひとつ。そんな中、現場メンバーを代表する塚田さんが意志を持ってプロジェクトへの思いを語ったこの議論は、印象に残るワンシーンとなりました。
この熱量を全職員に伝播させていくために、行動指針(バリュー)も言語化しました。自分たちらしい良いところ、変えていきたいところ、口癖などを出し合い、最終的に5つの標語にまとめました。
これらの要素をJDPのメッセージとして発信すべく、プロジェクトで言語化したものをひとつの冊子(PDF資料)としてまとめました。KESIKIが編集・ディレクションを担当し、エディトリアル・グラフィックデザインは、デザイナーの木住野彰悟さん(6D)に依頼。デザインとJDPの未来を感じさせるような、すっきりとしたグラフィックに仕上がりました。
(PDF資料)
https://archive.jidp.or.jp/ja/about/jdp_empowering_design.pdf
(ウェブサイト)
世界中の人々へデザインを拡げる
次は、定めたパーパスや宣言したアクションを実現していくために、様々な団体組織や企業などと連携を進め、具体的なプランを実行していくフェーズです。
「できあがったパーパスや指針は、宙に浮いた美しい夢ではありません。全職員のワークショップから引き出した要素と5つの行動指針は、パーパスを実現するためのリアリティと原動力を強く感じることができるものになっていて、 今後の仕事のモチベーションにもつながっています。」(JDP 事業部課長代理 余剣さん)
「“デザイン”ってなんだろう? “振興”って何をすることだろう? 今回パーパスを策定するにあたり、あらゆる疑問が次から次へと迫ってきて、その都度みんなで頭を悩ませながら、意味を考え、意義を突き詰め、なんとか言葉を紡ぎあげました。このパーパスは、そんな“デザイン振興とは?“という問いに対しての、私たちの現時点での回答です。この指針を胸に、アクションの実現へ向けて邁進していきたいと思っています。」(JDP 事業部課長 塚田真一郎さん)
「私の中の出発点は、グッドデザイン賞から得られる情報やネットワーク、知見などをJDPとしてどう活かし、社会に還元することができるのだろうか?ということでした。改めてJDPのパーパスを皆で考え、意志や思いを共有できたことで、羅針盤を得ていよいよ踏み出せることにとてもワクワクしています。」(JDP 事業部部長 津村真紀子さん)
奇しくも今年は、デザインの国際団体World Design Organization(WDO)による 「World Design Assembly(WDA)/世界デザイン会議」が日本で開かれる年。10月下旬から東京で「WDO世界デザイン会議東京2023」として開催されます。過去には、1973年に京都、1989年に名古屋で開催され、日本での開催は34年ぶり。改めて、日本のデザインの現在地や、これからのデザインの在り方などを見つめ直し、発信する大きなチャンスです。
世界のデザインアワードと比較しても、グッドデザイン賞は色・かたちといった狭義のデザインを超え、デザインの「関係をよりよくする」という力に目を向けていることが分かります。審査基準も年々アップデートされており、近年では、見た目や形だけでなく、デザインプロセスや社会的意義なども重視するようになってきています。
振り返れば日本には、和を尊ぶ精神や三方良しの考え方など、「関係性」を大切にしてきた文化があります。だからこそ、自然とデザインがそういったことへ生かされていったのかもしれません。日本が育んできたデザインの力は、世界中の人々が人や社会との関係性を見つめ直し、様々な共創を生み出すインスピレーションとなる可能性を秘めているのです。
「人とあらゆるものの関係をよりよくする」
そんなデザインの力を、より多くの人々へ拡げていく。
半年間かけて全職員でつくった羅針盤を胸に、これから世界に向けて、JDPのチャレンジが始まります。
11月には、パーパス公開を記念して、デザインを拡げる領域の第一線で活躍する豪華ゲスト陣をお呼びしたトークイベントも開催予定です。参加方法など詳細は追ってお知らせいたします。日本のデザイン、およびJDPの今後の動きが気になる方はぜひご予定を押さえておいてくださいね。
パーパス公開記念イベントの開催について
日時:11月20日(月)18:30〜20:00
会場:インターナショナル・デザイン・リエゾンセンター(東京ミッドタウン5F デザインハブ内)
開催形式:ハイブリッド開催(会場での対面、オンライン配信を予定)
概要:パーパス策定やJDPの目指す未来像、「2030年までに実行する3つの目標」への取り組みについて、第一線で活躍するデザイン等の専門家をお招きしてオープンな議論を行います。
スピーカー:
齋藤 精一(パノラマティクス 主宰)
田中 里沙(事業構想大学院大学 学長)
永井 一史(株式会社HAKUHODODESIGN 代表取締役社長)
経済産業省 商務・サービスグループ デザイン政策室(予定)
石川 俊祐(株式会社KESIKI 代表取締役 Chief Design Officer)
九法 崇雄(株式会社KESIKI 代表取締役 Chief Narrative Officer)
主催:公益財団法人日本デザイン振興会
協力:株式会社KESIKI
イベントの申込方法など、詳細は後日日本デザイン振興会のWEBサイトにてお知らせします。
https://www.jidp.or.jp