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Days with You

「ねぇ!起きてー!」
遠くで君の声が聞こえているような気がする。
これは夢か、現実か。
「ねぇ!もう12時!お昼だよー!」
えらいリアリティのある夢だな。時間まで言ってくるのか。
「ちょっとー!聞こえてるのー?」
徐々に意識がはっきりしてきた。
限界レベルのかすれ声で返事をする。
「えぇ…もうそんな時間…?」
「そうだよー!いつまで寝てるのー!今日映画見に行くんでしょー?」
「ごめんごめん」
楽しみにしてたんだからねと、君は寝室を後にする。
君が抜けて広くなったベッドの上で、うーっと伸びをした。
気持ちとしてはもう少し寝ていたいところだが、君を怒らせる前に起きなければ。

                              ***

かろうじてベッドから抜け出し、椅子に座る。
君が用意してくれたブランチを前にすると少しずつ目が覚めてきた。
「あ、これ昨日のやつ?」
「そうだよー。おいしいよねぇこれ」
昨日買ったおいしい食パン。
近所でも評判の少し高いやつ。
最近の幸せといえば、美味しいものを食べる事で。
前はもっと大それた夢を語ってたはずなのに、年齢を重ねるにつれてそんなこともなくなった。


どんどん社会に埋もれていく自分を感じていた。
「大人になったんだ」と自分に言い聞かせていた。

                                ***

「ごちそうさまでしたー!」
二人仲良く手を合わせ、席を立つ。
その時、ピーっと音が鳴った。
「あ、洗濯ものできた。干さなきゃ」
「ん、じゃ僕洗い物しとくよ」
「え、ちゃんとできる?」
君がいたずらな視線を向ける。
「できるよそれくらい」
「ほんと?じゃあお願いね」
そう言うと君はスリッパをぱたぱたいわせながら、洗面所へと早足で歩いていった。

                                ***

洗い物を終えた僕はソファに寝ころびながら、ベランダに洗濯物を干す君を眺めていた。
なにも特別ではない何気ない日常の一場面。


ちっぽけになってしまった自分を情けなく思っていた。
夢を持つことを忘れ、昔は「そんな大人になりたくない」と思っていたそんな人間になってしまった。そう思っていた。

でもそうじゃない。
僕がつまらない人間になったんじゃない。
新しい「守りたいもの」を見つけたんだ。
これまでは「夢を持つ自分」、今は「何気ない君との日常」。

お金持ちになれなくても、
有名になれなくても、
スーパースターになれなくても、
世界を救えなくても、
きっと後悔なんてしない。
君との毎日を守るために生きられさえすれば。


大事にすべきものなんて探せばいくらでもある。
でもそんなにたくさんは守れない。
だから選んだ。君との日々を。
気づいたんだ。
会いたい人と必要なものを少しだけ守れたら、僕は満足なんだと。

                               ***

「いつも君に教えてもらってばかりだなぁ」
「え?なんか言った?」
ちょうど洗濯物を干し終えた君が部屋に戻ってきた。
「いや、僕には君が必要なんだなって思ってね」
「急にどうしたのー?」
バカねほんとに、当たり前でしょ。そう言いながら君は笑う。

その笑顔をこれから1番見られるのは僕だと思うと、思わず頬が緩む。
「早く行くよー」
「はいはい、今行くー!」


君といる日々に充実感を感じながら僕はソファから立ち上がった。

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