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あえないきみへ。

今日も仕事を終えて、家に帰る。
ネクタイを緩めて、スーツをハンガーに掛ける。
シャワーからあがって、ふと、スマホを開いて日付を確認する。
「前に会ってからもう1ヶ月半かぁ」
経ってしまった時間の長さに驚く。
僕が学生を卒業して仕事を初めてから、なかなか会えなくなってしまった。
会えないどころか、メールや電話の回数も減り、物理的にも心理的にも距離が出来てしまったような気がする。
「今日はなんだか君の声が聴きたい」
そう君にLINEを入れた。
5分も経たないうちに返信が来る。
「いいよ。いい時間にかけておいで。」
君からのメッセージが、君の声で脳内再生された。
僕のすべてを受け入れてくれるような、優しくて暖かい声。
時々、こんなに素敵な君に自分が釣り合っているのだろうかと、不安になってしまう。


そんなこと、君には絶対言えないけれど。


                             ***


「もしもし?」
「はーい!久しぶりだね!」
「そうだね。3日ぶりくらい?」
「あなたなかなか連絡くれないから」
「ごめん」
「あーもうそんなそんな!怒ってないんだから!」
ほんとにしょうがないねぇ、と君が電話口で呟く。
「次の休みには会いに行くからね」
「ほんと!?」
「うん。楽しみにしてて。」
わかった!とはしゃぐような声を上げる。
見えてはいないけれど、口角が上がりきった君の顔が思い浮かんだ。
いつも通り、2人の日常の話に花を咲かせた。
そうして、これもいつも通り、君の方が先に寝息を立てた。


次会った時には、ちゃんとありがとうって言わなきゃな。
そう心に決めた。


                             ***


ある日の夜、珍しく君の方から電話がかかってきた。
「今大丈夫?」
「大丈夫だよ。珍しいね。」
「うん、なんだか声聞きたくなっちゃって」
なんとなく、いつもと雰囲気が違うような気がした。
「今日友達の話聞いてたらなんだか寂しくなっちゃってさ、会いたい時にいつもあなたはいるわけじゃないけど、その寂しさも分け合えているなら、私は嬉しい」

君の言葉を聞いて僕は気づいた。
いつも君は強がっているんだ。僕に心配をかけないように。
寂しいなんていったら、僕が気にすると思って。
自分は釣り合っているのか、なんて思うようなそんな僕だからと、全部を分かって。


                             ***


「ねぇねぇ」
そう僕は今にも寝てしまいそうな君に呼びかける。
「ん?」
「いつでも会いたい時に会えるわけじゃないけど、君がちょっとでも不安なく過ごせるように、僕がしてみせるからね」
「どうしたの?急に」
そういって照れくさそうに君が笑う。


人は完璧じゃないから。
強いところも弱いところもたくさんある。
そのどっちもを全部僕が包んで、一緒にいるから―。

僕は不器用だから君にそんなこと言えないかもしれないけれど。

いつか言えるようになるその日まで、ちゃんとそばにいる。


電話口で君の寝息を聴きながら、週末会える君の笑顔を思い浮かべて、僕もそっと目を瞑った。

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