うさぎはすべてを見ている
大学に入学して一人暮らしを始めるとき、母は隣の駅の西友で生活用品一式を買い揃え、最後に大きなうさぎのぬいぐるみを買ってくれた。
砂壁と畳敷きの古いアパートの部屋で、段ボールをテーブル代わりに置いて、うさぎと一緒にもさもさとごはんを食べた。
私が東京で暮らすための仕送りに母のパートの給料がまるごと充てられていたことを、父が最近教えてくれた。
あの頃の母は、今の私くらいの歳だったのではないだろうか。無理をして働いて、命を削っていたんじゃないかと今になって思う。
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ハードな仕事で体調を崩し、にっちもさっちもいかなくなったとき、母はシンガポールから飛んできて、まるまる一か月間、私のワンルームのアパートに泊まり込み、家事の一切を引き受けてくれた。
なんとか休職に持ち込むと、自力で太れなくなるほど痩せた私をシンガポールに引き取り、3ヶ月で13kg太らせて送り返した。
(あれは人生最大のピンチだったなぁ…)
いざというときに助けてくれる人がいなくなって、心細いよ。
子どもが成人してもおかしくない歳になったのにね。
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母が他界して3年が過ぎ、実家で探し物をしていると、うそみたいな場所からへそくりが発掘された。
母には昔から大事なものをリスのようにしまいこむ習性があるのだ。
大笑いしながら父と分配した。
「魂になってもママは味方だね」と、それを聞いた私の親友が言った。
長女ですもの、家族の前で言葉にはしないし、ビビッドな日々のできごとに意識が向いているからいつもは忘れているけれど、たまに「さみしい」のかたまりがドサッと降ってくる。
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今の私のあれもこれも気に食わないんだろうな。
でもぱぱにごはん作ってるから大目に見てくれるよね?
ままの流儀とは違うけど、なんとかがんばって生きるから、猫抱っこして上から見ててよ。
うさぎにはこれまで見たことを母に告げ口しないように言っておかないと。
とりあえず、一緒にコーヒー飲もっか。
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