![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/145634698/rectangle_large_type_2_9c2573c0a2d6fab698735e99c91fd90b.png?width=800)
夏祭り #シロクマ文芸部
ラムネの音がした。
瓶の中のビー玉がころがる「カラン」という音。
この音を聞くと、コウヘイの記憶は、まだ小さかったあの日に遡る。
◇
初夏の日差しが少しゆるやかになった夕暮れ時。
母に連れられて、近所の神社のお祭りに出向いた。
たくさんの人でごった返している神社の参道を、母の手をしっかり握りながら、コウヘイは歩く。
比較的大きな神社で、参道には多くの屋台が並んでいた。
「何か飲む?」
母に聞かれ、コウヘイは大きく頷く。
飲みたいものがあった。
神社を歩いている中で、あちこちで「カラン」という音がしている。
音が出る方を向くと、透明で少し青みがかった瓶を手にした人がいた。
あれは何だろう?
コウヘイは、初めて見る飲み物に興味を惹かれていた。
「カラン」
また音がした。
コウヘイは音のする方を指差し、
「あれが飲みたい」
と母にせがんだ。
母がお金を支払うと、屋台の人が、ラムネの瓶の上部を押し込んだ。
ビー玉がころがる音がした。
ラムネを手渡されたコウヘイは、瓶の中にあるビー玉をじっと覗きこむ。
母はそんなコウヘイの姿を見て笑っていた。
◇
コウヘイが母とお祭りに行ったのは、後にも先にもその一度きりだ。
まだコウヘイが小さいときに、母は出て行ってしまった。
大人になった今でも、この神社に、このお祭りに来るのは、ラムネの音を聞くためかもしれない。
母との数少ない思い出を、心に蘇らせるために……。
「どうしたの?」
まだ小さな娘のアキが、少し顔をしかめながら、コウヘイのことを見上げる。
知らず知らず、アキの手を握る力が強くなっていたようだ。
「カラン」
またラムネの音がした。
コウヘイはアキに謝りながら、屋台の方を指差し、
「ラムネ飲もうか?」と言った。
アキは笑顔になり、大きく頷いた。
小牧幸助さんの企画に参加させていただきました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?