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[ちょっとしたエッセイ]なんで昼食わないんですか?

「なんで昼食わないんですか?」
 後輩に聞かれた。僕は普段、あまり昼食を摂らない。どうしてそうなったかは置いておいて、もうそうなって4〜5年になる。今じゃ、「お腹がすかない」とか「面倒くさい」とか、至極単純な理由になっている。
「お腹空かないんだよね」と答えることが多い。でも食べたくないわけではなく、外へ誘われれば行くこともある。なので、結局どっちでもいいが正解で、でもひとつだけ、昼休みにはやっておきたいことがある。だから、昼を食べないという確率が高いのかもしれない。

 常夏の昼は長い。何度か旅をした東南アジアは、昼と夜のコントラストがはっきりとしていて、もっぱら夜が賑やかだ。夜の賑やかさは想像しやすいが、昼のあちらはどこかミステリアスで、その空気感は現地に行かないとわからないだろう。僕が驚いたのは、ラオスだ。中国、タイ、ベトナム、ミャンマー、ベトナムに囲まれた、陸の孤島というにふさわしいこの国は、本当によくわからない国だった。タイから陸路でこの国へ渡る霧に囲まれたメコン川にかかる橋は、異世界への入り口のように見えた。
 霧が明けて見えた世界は、ずいぶんと砂っぽい空気にあふれていた。目的のない旅の時間は長い。ホテルに着くや否や荷物を置いて外へ出る、平日の真っ昼間。店はほどほどにシャッターを閉め、どこも静かだった。目抜通りを脇に入ると、ベンチで半裸で寝る人がちらほらいた。猫はあくびをして、耳を後ろ足で掻いている。ひどくのどかなこの町は、僕の思考回路を止めた。路地を抜ける、眼下に広がるメコン川。砂山のような浜では、滑り台のように滑って川へ飛び込む子どもたちの姿がある。かたや、パラソルが立ち並び、大人たちは優雅に横になっている。なんとも言えないゆるやかさ、そして、これほどまでに人が生産的に動いていない風景は、見たことがなかった。クーラーボックスを脇に眠そうにしている小売のお姉さんに声をかけ、ビールを1本買って、僕もパラソルの下で横になった。
 かれこれ、何時間が経っただろうか。何にも動き出さない世界にも夕暮れ時がやってきた。徐々に薄暗くなる空が、僕のお腹に空腹の合図を送ってくる。ふわーっとあくびをしながら、腰を上げると、なんということだろう。あたりには人がわんさかいるではないか。何事かと思いながら、しばらく様子を見ていると、ある人は屋台を広げ、ある人は衣類を並べ、ある人は友人らとおしゃべりに勤しんでいる。奥の方では、リズミカルな音楽が流れ始め、ヘアバンドをした若者がエアロビクスをしている。先ほどまでの、静かで、のどかで、時が止まったかのような光景は、もうそこになかった。すっかり寝て元気になった僕も、その輪になって体を動かしてみた。するとどうだろう。体は汗にまみれ、お腹が空いてきた。まだまだ元気なエアロビクサーを横目に抜け出して、ステージの脇に退避すると、そこに座って汗を拭く若いお兄さんと目が合った。「ニホンジン?」と声をかけてきたので、「イエス」と答えた。「トモダチ、トモダチ。ワタシ、ニホンジントハタライテタヨ」と笑顔で言った。そんな縁で、ひとしきりエアロビクスを終えると、近くの屋台で食事をすることになった。彼は、駐在の日本企業の現地採用で働いていたらしい。ところどころ怪しいところもあったが、概ね事実だろう。日本語もカタコトではあるが伝わるので、いろいろ聞いてみた。とにかくここいらの人は、自分の時間を大事にするようだった。昼間寝ている人が多いのは、暑い日中を避けて、夜に遊ぶためだという。仕事をしていても、昼食後2時間くらい寝ていたりすることもあり、駐在の外国人は手を焼いているらしい。かく言う彼も、彼女と旅行に行くため、無断で3日ほど休み怒られ、怒られたのが嫌で退職したようだった。なかなか理解しがたい。それでも生きていてるのは、温暖な気候と食べるものにも不自由なくいけて行けるからだろう。僕のなんでもかんでも「なんで?」と聞くので、最後の方は「何が悪いんだ」と言わんばかりに嫌な顔をしていたが、僕はなんだかうらやましかった。結局、彼の訝しむ顔に負け、食事代を出してあげると、彼は満面の笑顔に変わり、煌びやかな街の奥へと手を振りながら消えていった。

 デスクワークを日々していると、あまりの単純動作に加え体を動かさないためか、やはり昼時に腹が減らない。そすると昼休みに何しようかと思った時に、ラオスの人のことを思い出して、寝ることにした。
「なんで昼食わないんですか?」と聞いてきた他の後輩に、「食うより寝るだよ」と答えると、その後輩は「あ、でもなんかわかる気がします」と言っていた。社会人になって、すでに23年が経とうとしている。なんだかんだ日々仕事に追われ、夜は帰って寝るだけみたいな生活をしてきたが、昼は少し寝て体を癒し、退勤後の時間をもっと楽しむべきだよなと最近思っている。

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