見出し画像

[ちょっとしたエッセイ]友だち、友人、知人

 僕には、幼い頃から大人の入口に立ったあたりまで、とても仲のよい親友とも言える友人がいた。「いた」と言ってしまっている時点で、過去形であるのだが、確かにいた。
 彼と過ごした時間と同じ分だけ、彼と疎遠になった時も経ち、久しぶりに昨年再会を果たした。

 思い立って再会したわけではなく、共通の恩人の葬儀での再会というのが、この歳になって「らしい」シチュエーションであることも、なんだか悲しい。と思ったり。
 でも、葬儀は、離れて久しい実家の方で、他に見知りの人間が多くいるわけでもないので、彼に連絡を取ることにした。
 今の時代は便利だ。携帯の番号がスマートフォンに登録してあれば、LINEの方にも同期され「知り合いかも?」に存在してくれている。電話をかけるには、少し照れもあったので、LINEでメッセージを送ってみた。

 久しぶりのコンタクトにも関わらず、関係性のためか、特に可もなく不可もなく、当然と言えばそうかもしれないが、20年以上ぶりに割には案外昔のように、遠慮もない感じで進んでいった。
 当日、喪服に包まれた僕らは、会った瞬間、どこか照れ臭いような感じの空気が漂った。でも、お互い大人で、結婚もしてて、子どももいて、会話には特に困らなかった。意外だったのは、昔からおでこが広い彼だったので、そろそろ禿げ上がっているのではないかと思っていたが、案外そうでもなかったこと。また、彼もこちらが禿げているんじゃないかという、同じ想像をしていたことに、笑い合ってしまう事態になった。まあ、それもこの歳になれば、当然のことなのかもしれない。

 葬儀の後、彼の車に乗りながら、変わった地元の街並みを案内してもらった。輪郭は変わらないが、建物は変わり、道ゆく人の雰囲気もどこか知っているものと違っていた。車から降りて、よく遊んだ公園から彼の実家、自分の実家と歩いてみたが、当時は自転車で巡らないと大変だったと記憶している距離感も、案外大人の足で歩いてみると、ものの5分、10分で歩けてしまった。
 僕の記憶の中の世界は、アップデートを施され、みるみる世界は小さくなったような気分になった。

「懐かしさのある夜は、誰かと話したくなる」
 そういう標語を自分の中でずっと持っていたのかもしれない。この久方ぶりの風景を肴に彼と、食事をしながら話をした。僕と彼の知りうる共通の人間の話、彼の両親や兄弟、こちらの家族の話などをしていると、昔に戻ったような気分になった。そして、この地で僕のことを知っている唯一の人間は、彼しかいないんだということを再認識させられた。時間と共に、この場所は、もう知らない場所なんだ、そう思いながら、ファミレスのコーヒーをすすった。

「…いろいろ変わったな」
「…ああ、いろいろあったよ」

 しみじみと感傷に浸っている中、彼は続けた。

「もうおれらいい歳なんだよ。おまえもさ、そろそろ先のことも考えないと」
「んっ?」

「おまえのしてる時計、おれに預けてみない?」
「んっ?」

 おっと、なんだかきな臭い空気になってきた。

「いや、おれが相場より高く買い取るから、譲ってくんない?」

 そういって僕の手首をジロジロと見ている。僕のしている時計は、一応有名なメーカーのもので、社会人なりたての時に、当時の感覚で大枚を叩いてかったものだったので、高級というにはやや物足りない一品だ。でも、そこまでブランドやステイタスに執着もない僕にとっては、大事にするにはちょうどよい時計で、ずっと大切に使ってきた。

「いやさ、時計って今投資対象になっちゃってて、普通に買うのも大変なのよ。お前に興味があるなら、運用する手段を教えるし、興味ないなら、お前が買った時より高い値段で買い取るからさ」

 ほうほう、時計は投資の対象で、その時計を手に入れるのも今は大変らしい。それで、この時計を譲ってくれという話か。うんうんと頷いていく間に、彼との距離がどんどん離れていくような気がした。

「そうなんだ。へえ。まあ、いろいろ思い出あるし、スーツ着る時とか使うからね」
 そう言ってはぐらかす。しかし、彼の口撃は止まらない。スマートフォンで相場のチャートを見せたり、仲間の話をしたり、潮目が一気に懐かしさから胡散臭さに変わっていった。

「わかった、わかった。売る気になったらお前にすぐに相談するから、とりあえず今日はなつかしさだけにしておこう」
 僕はそう言い、時間も遅くなりつつあったので、ファミレスを出ることにした。

「今日は久しぶりに会えてよかったよ」
 そう彼はいった。僕は、どこかそのよかったに賛同できなかったが、
「うん、ありがとう」
 そう言って別れた。

 時は人を変える。とは言ったものだが、もしかしたら彼にとって僕も変わっていたように見えたのかもしれない。また、僕が感じた彼の変化も、見方を変えれば、僕と彼の関係の透明性、もしくは遠慮のない関係性という側面があるのかもしれない。
 後日、彼から定期的にLINEがくる。

「元気? 時計譲る気になった?」

 僕は、それに対して、元気!というスタンプで返信している。

「お前しか頼る奴がいないんだよ」
「たぶんおれもそうだよ」
 そう言ったのは高校の時だった。

「おまえって、なんか変わってるよな」
「いや、おまえが普通すぎるんだよ」
 そう言ったのは、大学の時だった。

 大人になっても、変わらないものがあるのかもしれないが、変わったものの方が現実的には多いのだろう。僕の目線で見た変化は、彼の目線で見た変化とは同じではない。
 かつての仲の良い友だちは、いつしか友人という少し凝り固まった関係になって再開し、別れた後は知人程度の薄っぺらい間柄にグラデーションしていった。と思っているのは、僕なのか彼なのか、この先の未来のみが知っている。
 
彼との出会いなんかは以前書き記したこちらを


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?