竹下健太

音楽大学の心理学講師。博士号とキャリアコンサルタントの資格持ってます。どうぞよろしくお…

竹下健太

音楽大学の心理学講師。博士号とキャリアコンサルタントの資格持ってます。どうぞよろしくお願いいたします。

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簡単なカウンセリングの方法と練習法

授業でカウンセリングの初歩的な練習をするときに使っているプリントの内容です。学生の声を反映して毎年ちょこちょこ直してます。 A3用紙一枚に収めるために、かなりいろいろ省いたりしてます。御必要に応じて、付け足したり、いろいろ御修正なさったりして、御自由に御使いください。 (※文中の「クライエント」は悩みがあって相談に来た人という意味で、「カウンセラー」はその相談を受けている人という意味です) 傾聴技法(話をよく聴く)練習①~⑨ ① 「かかわり行動」の練習 ※基本姿勢:相手

    • 「好きなことをめいっぱい頑張ることで、身につく力」こそが、変化の激しい現代社会において必要です

      知能テストで測られる様々な認知的能力(記憶、思考、etc)と学業成績の関係を調べると、学力の個人差のうち、知能テストで測られる認知的能力で説明できる部分は約25%くらいだそうです(Neisser et al., 1996)。 それでは、残りの75%くらいの違いはどこからくるのかというと、例えば「どれくらい自分の欲求や感情をコントロールすることができるのか」といった、認知的能力以外の部分、すなわち非認知的能力と呼ばれるものが大きく関わっていることが様々な研究で示されています。

      • 「ストレスの多い現代社会において芸術が必要な理由」

        ストレスを受けたときに体内に発生する様々な物質が脳に悪影響を与えるという発見をした脳科学者達が「子ども達は大人よりも、毎日、泣いたり、自分達ではまだ解決が難しい問題に出会って大騒ぎしたりしているけれども、大丈夫なのだろうか?」と調べたところ、身近に気持ちを受けとめてくれる優しい大人がいる場合は、泣いたり大騒ぎしたりしていても、そういったストレスを原因とする物質はあまり増えていなかったそうです(Lise Eliot, Ph.D 1999)。 つまり「何か嫌なことや困ったこ

        • 自分の弱さの経験から学んだ他者への信頼こそが私達を強くする

          子ども達は「困って泣いてたら助けてもらえた」という経験から「困ったことがあっても、きっと誰かが助けてくれる」と学び、それは一生の間、心の支えになります。 体操選手が難しい技に挑戦できるのは分厚いマットがあるので「落ちても大丈夫」と思えるからですが、それと同じく「困ったことがあっても、きっと誰かが助けてくれる」という他者への信頼があるからこそ人は全力を発揮することができるのです。 オリンピックにおける体操以外の様々なスポーツでも、ボルタリングの命綱のように「失敗しても大丈夫

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        簡単なカウンセリングの方法と練習法

        • 「好きなことをめいっぱい頑張ることで、身につく力」こそが、変化の激しい現代社会において必要です

        • 「ストレスの多い現代社会において芸術が必要な理由」

        • 自分の弱さの経験から学んだ他者への信頼こそが私達を強くする

          「心のふれあいと音楽」

          イスラム教の開祖ムハンマドが、あるとき信者に「天国は母の足元にある」と言ったそうです。 一体どういう意味だろう?と長年不思議に思っていたのですが、この間、あるお医者さんが「どんな家庭にも地獄はある…」とつぶやいたという話を聴いて、なんとなく分かった気がしました。 家庭という、お互いに心の深い部分がふれあう場においては、愛情も憎しみも心の奥まで届きますので、その喜びや苦しみは天国や地獄のようなものになります。 従って、この世にいるうちに天国や地獄とはどのようなものかを知り

          「心のふれあいと音楽」

          観劇すると心の中の大切な「誰か」と再会できるかもしれません

          「自分の演技が『真実』と一致しているかどうかは身体感覚で分かります。たとえ自分のこの身体が経験したことのないことや経験し得ないこと、例えば『死』や『動物』の演技、あるいは現在には存在しない『空想上の生物』の演技であっても、それが『真実』と一致したならば、その演技は正しいという身体感覚があります。」と、ある俳優さんが言ってました。 これはおそらく、長期間の練習や学習、様々な経験や観察等による膨大なインプットを材料として心の中に構築された「真実」と、自分が今している表現(アウト

          観劇すると心の中の大切な「誰か」と再会できるかもしれません

          同じ出来事でも「どう解釈したか」によって傷つくこともあれば、癒されることもあるということを利用した幸せになる方法

          昭和の子ども達が、教育的指導と称した暴力を受けることがよくあったにもかかわらず、ほとんどが何も問題なく育っているのは、人は暴力そのものよりも、その暴力が意味するものによって傷つくからです(もちろん暴力の程度にもよりますが…)。 例えば、自分で希望して参加した格闘技の試合で殴られたり蹴られたりしても、ほとんどトラウマになることはありませんが、ちょっと押されたりしただけでも、それが信頼している養育者(例えば母親)からの存在そのものの否定(例えば「あなたは要らない子」という意味)

          同じ出来事でも「どう解釈したか」によって傷つくこともあれば、癒されることもあるということを利用した幸せになる方法

          Philosophy and Music

          If I assume that something that can be recognized as an object is not "I" because it can be erased or exchanged, then "I" am the subject who recognizes objects, and cannot be an object to be recognized. For example, when I imagine a world

          Philosophy and Music

          「哲学と音楽」

          対象として認識され得るものは消去や交換が想定可能であることから「私」ではないとすると、「私」とは対象を認識する主体であって、認識される対象になり得ないもの、と定義できます。 例えば、私の心身が滅んだあとの世界を想像すると、その想像の中には、私の心身が存在しない世界を観ている「私」という認識する主体がそこにいます。 さらに、私がもとからいなかった世界を想像した場合でも、そこには「私」という認識する主体がいます。 あるいは、私の心身全て、すなわち記憶や思考の仕方等も含めた対

          「哲学と音楽」

          「『本当』の自分を表現することを追求すると、最後は意味不明の言葉を叫ぶしかなくなる」ということと音楽

          心理学に影響を与えた哲学の一つに社会構成主義というものがあります。 これは「私達が経験している『現実』は、この社会によって作られたものであり、実体を持たないのではないか?」と言う考え方です。 これを我々が『現実に経験している』と思っている感情を例にして考えてみます。 人間が動物達の行動を観察している状況を想像してください。 動物達は敵に遭遇したときに「Fight or Flight (闘争あるいは逃走)反応」という身体反応を示します。これは、戦う事になった場合にも逃げ

          「『本当』の自分を表現することを追求すると、最後は意味不明の言葉を叫ぶしかなくなる」ということと音楽

          「『おばけなんてないさ』の本当の怖さ」

          誰でも一度は歌ったことのある『おばけなんてないさ』ですが、この曲で表現されているのは、 ①おばけ(怖がるべきもの)の存在を否定して安心しようとする心理   例;歌詞の『おばけなんてないさ おばけなんてうそさ』 ②おばけ(怖がるべきもの)の存在を認めたとしても、それを実際よりも怖くないとみなすことで安心しようとする心理   例;歌詞の『ともだちになろう』(おばけを友だちになれる存在とみなすことで、安心しようとしている) です。 そういった心理がどのように生まれるか以下に

          「『おばけなんてないさ』の本当の怖さ」

          『自分自身を大切にすると同時に、自分以外も自分と同じように大切にする』ための芸術活動

          人工知能やロボットがどんどん発達し、あたかも自我があるかのようなふるまいをするのを観察すると、ほとんどの人が自然に抱く疑問に 「自我が生まれたのではないか?」 「どうなったら『自我がある』と分かるのだろう?」 というものがあります。 しかしながら、自我があるかどうかは、本人(本ロボット?)にしか分かりません。 (「〜という条件を満たしたら自我があるとみなそう」という判定基準を作って共通認識とし、その基準を満たしたロボットや人口知能を「自我がある」とみなすことはできます

          『自分自身を大切にすると同時に、自分以外も自分と同じように大切にする』ための芸術活動

          芸術は、「私」と「今」と「この世界全て」のかけがえのなさを教えてくれます。

          仏教では最初の数百年間、釈尊像は創られておらず、その原因は諸説あるものの解明されてないそうです(田辺 2010)。 私は仏像や仏画を観ると心が安まりますので「なんでだろうなぁ?」と思っていたのですが、最近、『人工知能に、ある人のデータを大量に読み込ませることで、その人と同じ言動をさせる』という技術の記事を見て、 「これは、現代の偶像と言えるのではないだろうか?そしてこの現代の偶像は、人間が複製可能であることを示すことで、個々の人間のかけがえのなさの否定につながるのではない

          芸術は、「私」と「今」と「この世界全て」のかけがえのなさを教えてくれます。

          「音楽がこれからの社会で必要となる哲学的理由」

          私が大学生の頃、哲学の授業で 『「本当の自分」や、自分自身のかけがえのなさは、他者との交わりの中にある。』 というようなことを習い、 『そうかなぁ?他者の影響を強く受けたら、自分を見失ってしまうんじゃないかな?』と思っていたんですが、この間、音大生と話しているときに 「例えば百人で合唱や合奏をしていたとしても、その中の一人は百分の一ではないんです。一人抜けるだけで全体の印象が全く変わってしまいますから、一人は全体であり、その意味ではソロの演奏と変わらないんです。演奏を

          「音楽がこれからの社会で必要となる哲学的理由」

          「人生で何を一番大切にするかは、その人の自由」ということと音楽

          ハンセンというキャリア研究家によると、人生には四つの大事な要素があります。 Labor (働くことによって、この世界をより良いものにする喜び) Love(家族や仲間と信頼し合い支え合う喜び) Leisure(余暇等で自分が楽しいと思うことを行う喜び) Learning(学ぶことや自己鍛錬で、理想の自分に近づく喜び) 四つとも頭文字が「L」なので、これらを「ハンセンの四つのL」と言ったりします。 ハンセンは、この四つのうちどれかをおろそかにすると、ほかの要素もうまく

          「人生で何を一番大切にするかは、その人の自由」ということと音楽

          人生を、そのときの主な関心事によって8つの時期に分けるとドレミファソラシドになります

          エリクソンという心理学者が、 『人の一生には八個の課題があり、それらは、お互いに関連し合いながら、何度も何度も私達の前に現れる。また、そのうちの一つが特に意識される時期がそれぞれの課題にあり、それによって人生を八個の段階に分けることができる』 と述べています。 (※ここから先に書く年齢は目安です。文化差や個人差が大きいので、年齢が当てはまらない人もいます) Ⅰ、人生最初の一年くらいは 『私はこんなに無力な存在なのに、愛され大事にされている』と感じる中で 『自分は存

          人生を、そのときの主な関心事によって8つの時期に分けるとドレミファソラシドになります