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上司へのコーチングは成立するのか

「林さんはいつも、上司が部下をコーチする話をしているじゃないですか。逆に部下が上司をコーチングするとか、そういったことは可能なのでしょうか?」
こんなメッセージが知人から寄せられました。

まず、私の見解を明らかにしたいと思うのですが、部下が上司をコーチングするというのはほぼ不可能なんじゃないかなと思っています。今日は、それがなぜなのかについて書いていこうと思います。

プロのコーチングはなぜ成立するのか
まず、そもそものお話として、プロのコーチと、お金を払って受けるお客様であるクライアントとの間には当然コーチングが機能します。なぜなら、お客さまは「コーチングを買っている」からです。つまり、コーチングを受けることに対価が発生しています。
しかし、企業が費用を負担し、その企業で働く個人がコーチングを受ける場合(つまり受益者と決済者が異なる場合)は、その個人が「コーチングを買った」わけではないので、その限りではありません。

ビジネスの現場でプロのコーチが介在してもコーチングが上手く成立しないケースがあるのはそのためです。
ここに潜在的に存在する課題は「なぜ私はコーチングされなきゃいけないのか」ということです。

コーチングスキルではなく、対話による行動変容
これは私の見解ですが、ビジネスにおけるコーチングでは「コーチング」という手法そのものが対価ではなく、「対話による行動変容」がなされるか否か、ということに価値があると考えられています。

あえて逆説的に考えれば、本や動画などで知識として身につけたコーチングスキルを上司が部下に「スキルとして使う」ことは、目的が「コーチングをする」になりやすく、部下の反感を生むきっかけにもなり得るということです。

上司=部下の関係でコーチングを成立させるには、「何のためにこの話法を使うのか」を明らかにし、双方で合意してから始めることが大切です。

例えば、「年初に立てた個人の目標設定に対して、現状では目標が達成されない可能性があり、上司として危惧している。それについて、上司が指示命令する形ではなく、双方で協議しながら、最適な方法を模索したい。そのための会話の手法としてコーチングを使いたい」
というフレームワークは機能するということです。

部下のお前が言うなよ
この考え方を応用すれば、部下が上司をコーチングすることも理論的には成立しそうに思えます。ではなぜ私が「成立しない」という見解を持っているかと言うと、それは企業の中での上司部下の関係性のあり方によると思っています。
多くの場合、上司は直属の部下の給料や待遇を決める人事考課の権限を持っています。また業務上の監督者として部下の指示命令を行うことで業務を遂行しています。つまり、実質上の権力を持っているのは上司であるということです。
だとすると、部下が上司に対して強く意見することや、異なる見解を伝えることははばかられる、というような環境や緊張感が存在するということになります。

先程の例えを応用するなら、部下側から上司に対して
「年初に立てた上司の○○さんの目標設定に対して、現状では目標が達成されない可能性があり、部下として危惧している。双方で協議しながら、最適な方法を模索したい。そのための会話の手法としてコーチングを使いたい」

という論調になるのですが、もし私が上司で、部下がいきなりこんな事を言ってきたら正直イラッとくるのではないかと思います。そしてきっとこんなことを心の中に思うのではないでしょうか。「お前が言うなよ・・・」

日頃の関係性の作り方が成否を分ける
私が「理論的には成立する」というお話を先ほどしたのは、こういった業務上の背景や環境が介在するからです。
つまり、普段の関係性の中で上司という立場が持つ権力を武器にして統治するようなマネージメントをしている場合は、部下が上司をコーチングすることが極めて困難になるということです。
反対に、フラットな関係性を日頃から意識し、オープンに部下の話を聞くような環境を心がけている上司の場合は、部下も忌憚ない意見を言いやすく、心理的な安全性も保たれるため、部下から上司へのコーチングが成立する可能性が出てきます。
つまり、日頃の関係性の作り方が部下=上司のコーチングを成立させる鍵になるということです。

お客さん、外部協力者、友達、夫婦間などでも成立するか
同様のことは対顧客、外部協力者、友達、夫婦、家族などの関係性にも適用されると思います。
普段の関係性の中では「コーチング」だけに特化した会話などしていないはずなので、どちらか一方が急にコーチングモードに突入した場合、相手は違和感を感じると思います。特にその関係性の中で権力を持たない側、あるいは主導権を握っていない側がコーチングを始めようとした場合は、その傾向が顕著に現れます。

例えば、営業先でお客様に向かってセールス担当者がこんな話をしたらどうなるでしょうか。
「もし仮にコストに制約がなかったとしたら、どんなことをしてみたいですか?」

日頃の会話の中で、お客様が権限を持っていて、セールス担当者がそれに従うような関係だった場合、お客様からきっとこんな言葉が返ってくるはずです。
「だから、コストに制約があるから御社にお願いしているわけで、今さら何を言い出すんですか」

このケースも然りで、コーチングスキルそのものが問題なのではなく、日常的な関係性の作り方が問題だということです。
コーチングスキルが機能しやすいオープンな環境を日頃から作っていれば当然この問いかけも機能するし、反対にそういう素地がない中で急にコーチングスキルを使えば、関係性をこじらせるツールにもなり得るということなんです。

これまでお話してきたとおり、今の社会環境の中では、いわゆる目下や権力の劣る人がコーチングをすることは不可能に近いと言わざるを得ません。これを打破するためには、上司や権限を持つ立場の人がオープンな環境を整え、人々が安全に発言できる状態を作ることが大切です。
上司がオープンなコミュニケーションを推奨し、コーチングを使い続けることにより、最終的に部下が上司をコーチングするような文化が生まれるのだと思います。


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