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愛の別名がなんであれ 10話

〜2011.秋〜

古橋さんから直接ライブの話を聞くか、そのまま会場に行ってみるか、そのどちらかだと思った。
素直に、「君に興味を持って名前を検索したらライブをしてることを知った」と告げるのか、直接行ってからそのことを打ち明けるのか。
たまたま知ったというような嘘をつくのは無理があった。動画で見たライブハウスの規模からしても僕の交友関係の狭さからしても、ライブの情報を僕が耳にするなんてことは絶対に不自然だ。
直接行ってみる。僕が出した結論はこうだった。行ってみなくては始まらない。それに何より、彼女の歌を生で聴いてみたかった。
音楽を聴きに行くのに誰にも許可を取る必要はないはずだ。どうせ相手に自分の興味が伝わるのなら、口より先に行動で示したほうがマシだ。それに、僕自身の中のなにかを変えてくれるとまだ観に行ったこともない古橋さんのロックに期待してもいた。

そうと決まればライブが次はいつあるのか調べなくてはいけない。自宅のパソコンで色々なワードで検索してみた。
当時僕はスマホを持っていなかった。家庭が特に厳しかったわけでもない。高校生の普及率はほぼ百%の時代だったとは思うが、誰とも仲良くなりたいと思わなかったから必要性を感じなかったのだ。
家に一人の時を見計らって次のライブ情報を探した。親にバレないようにエロサイトを見る思春期の少年のように、古橋さんに関することを調べているのを知られるのは恥ずかしかった。
日程がわかった。来月上旬。いざ日にちがわかり行くと決めると、急に恐ろしくなってきた。

その日がやってきた。
平日だった。ライブは夜からで、少しここから遠いが学校が終わってからでも全然間に合う。
僕は前日の夜からそわそわとしていた。僕が演奏するわけでもないのに緊張していた。当日学校に行くと古橋さんはもう教室にいた。

(ホントに今日ライブやるんだよな……?)
クラスでも人気者の古橋さんが周りの友だちと楽しそうに話しているのを見るとなんだか不安になってきた。携帯を持っていない僕には家から出た今、ライブの日程を確認する術はもう残されていない。もし僕の確認不足で、あるいは大して見る人もいないだろうと予定の通達がなされていなくて、日程が変更になっていたらという疑念が頭をよぎる。
古橋さんのいつもと変わらなく見える態度が余計に不安を募らせた。聞くに聞けない。念入りに観察していつもと違う不安や緊張の色をどうにか彼女から見つけようとした。

しかしそれも叶わず、放課後になった。
古橋さんの話し声が聞こえる。
「愛夏ー、今日スタバ寄って帰ろー」
「ごめん、今日はまっすぐ帰んね」
そんなやり取りだった気がする。それで僕はちょっと自信を持てた。
ライブがあるから今日は遊んでいられないんだと思った。それに友だちにもライブのことは言っていない。
ライブ会場でクラスメイトと鉢合わせするのは想像するだけで地獄だった。その可能性が低くなったことに少し安心して会場に向かった。

駅から歩いて数分、大通りの二つ目の信号を越えた先から伸びる細い道を曲がって進んで行くと、目印になるローソンが見えてきた。そのすぐ隣にライブハウスへ降りる階段はあった。
入り口には小さな黒板で今日のライブの案内がされていた。安そうな白黒のコピー紙で作った広告が壁のいたるところに貼られた階段を下りて、受付でチケットを買った。
中の様子など自分とは全くの無関係とでもいうような気の抜けた顔をした受付の女性に言われた金額を払うと、「再入場はできません」とチケットを渡された。
扉を開けると、すでに別の男性バンドの演奏が始まっていて数人の客が聴いていた。おそらくそのバンドの固定ファンであろう田舎から出てきたような垢抜けない雰囲気の小太りの若い女がリズムに合わせて足を揺らしていた。
爆音で鳴り響くドラムの音にかき消され、なにを歌っているのかはよくわからなかった。
演奏が表記の順だとすると、古橋さんは四番目に歌うはずだ。この男性バンドが何番目かはわからないけれど、今は演奏開始時刻を少し過ぎた時間だから一組目だろう。

初めて足を運んだライブの空気に浸るように、なにを歌っているのかわからないバンドの音楽を聴いていた。
すると横から聞き慣れた声で名前を呼ばれた。
「西村君! え!? なんで!?」
びっくりして振り向くと、いつもと違う雰囲気をしたTシャツにショートパンツのラフな格好をした古橋さんが立っていた。
「あ、古橋さん! いや、えっと、古橋さんがライブやってるって知って気になって観に来てみた」
「ええ! びっくりした〜! でもありがと! 今日は楽しんでね!」
なんで知ってるかまでは言わなかった。思いのほか喜んでくれてる彼女を見て僕もホッとした。
「うん、楽しみにしてる。頑張って!」
それに応え古橋さんは拳を握りプロレスラーのような気合いの表情を作って、それからニッコリと笑った。
(か、可愛い……)
俄然楽しみになってきた。
じゃ、そろそろ準備するねと言って彼女は関係者入り口の方へと向かっていった。
なにを歌っているのかわからない演奏が続き、僕は三組目の頃にはライブ会場の天井に入り組んで通る剥き出しのパイプで迷路のような遊びを頭の中で繰り広げていた。まばらに立って聴いている客も、目当てのバンド以外は聴く価値もないと言うようにスマホをいじりながら気怠そうに立っていた。

三組目の曲が全て終わり恒例であろうマイクでの挨拶が始まると、いよいよ次は古橋さんの出番だと僕も緊張してきた。
なにを歌っていたのかわからないバンドは、マイクでもなにが言いたいのかわからなかった。「僕には僕の、みんなにはみんなの正しさがあって……」というようなことを熱っぽく語っていたけれど、ちっとも響かなかった。
そしてそのバンドが捌けると、進行がマイクで紹介した。
「次は現役女子高生のソロアーティスト。高校生とは思えない歌唱力と世界観でこれからがとっても楽しみなロックシンガーです。古橋、愛夏」
胸が高鳴った。


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