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愛の別名がなんであれ 20話

〜エピローグ〜

オギャア。オギャア。
病室に赤ん坊の声が響き渡る。
おめでとう、おめでとうと周囲から声が上がる。
少し遅れて駆けつけた旦那が、出産を終えたばかりの嫁の手を握り泣いていた。

2857gの女の子だ。
その女の子は、なにもない空間を掴むように手を伸ばしては開いた手を握っている。
なにかの強い意思を感じさせるように、まだ目も開かないのに小さな小さな手を精一杯伸ばして一生懸命握っていた。
なにか夢を見ているのだろうか。自分には出来もしないなんて考えずに、まだ見ぬ世界に飛び込もうとしているみたいだった。

仕事を早退して大慌てで駆けつけたらしいスーツ姿の旦那が、号泣したまま女の子の名前を呼んだ。
「のどか。のどかちゃん。こんにちは、僕たちの元に生まれてきてくれてありがとう」
のどかは少し反応したように、そちらに顔を向けて手を伸ばした。

人生は被投性だと語ったのはドイツの哲学者ハイデガーだった。
我々人間は、知らないうちに否応なくこの世界に投げ込まれ、生きていかなければならない。
ただのどかのこの姿を見ていると、そこに絶望の色は全く見えなかった。生まれてきたばかりの誰よりも無力な存在のはずののどかは、精一杯この世界で戦おうとしていた。
もしかしたら、世界を絶望させるのは夢を見ることを辞めてしまった時なのかもしれない。
飛ぶことを夢見るモグラは、きっと明日を心待ちにしている。
この子は将来、絵を描くのだろうか。どんな未来でもいい、ステキな人生を送って欲しいと僭越ながらに思う。

ついこの前、久しぶりに居酒屋でばったり会って娘のノロケ話を延々と聞かされた身からすると、嫌でも幸せになって欲しいと願ってしまう。
手を伸ばせばいつだって未来は明るいと、僕ももう少し信じてみたい。

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