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愛の別名がなんであれ 17話

〜2019.冬〜

運ばれてきた料理はすっかり冷めてしまった。
「ごめん、俺のワガママだけどさ、愛夏の歌がまた聴きたいんだよ。俺はちゃんと憶えてるから、愛夏の歌はずっと俺の胸に残ってるから、それで救われた人間の一人だからさ、だから……」
思わず感極まって泣いてしまった。ダセェ……
でも、恥ならもういくらでもかいてきた。それでも愛夏に想いをぶつけよう。
「ありがとう。だけどもう音楽はやらないよ」
「うん…… わかった。俺だけは一生忘れないから」
「聡は、私たちが死んだ後の世界の人たちも救ってあげるような小説を書きなよ」
「うん、やるよ。俺はやるつもり」
「でも、辛かったら卒業してもいいからね。聡の人生は聡のものだもん」
「うん。好きだから、やるんだよ。それしかやりたくないから」
「聡は私よりよっぽどロックだね。あの頃は全然そんな風に思ってなかったけどなぁ。私は私の夢のことしか考えてなかった」
ずっとそう言ってもらいたかった。ただ一人、愛夏に認めてもらいたかった。けど、あの時の愛夏はもういないのだろう。

愛夏が話し始めた。
「満たされない気持ちは、きっとなにをやっていても生まれてくるんだろうね。音楽をやってる頃は自分だけいつまでもバカなことしてるんじゃないかって焦ってさ、自分に酔ってるどうしようもない勘違い女なんじゃないかって不安になってさ。普通の幸せを掴むためにまっすぐ最短ルートで歩ける人が一番賢いのかなって思ったりしてさ」
全部自覚があった。
当たり前のことを当たり前にする人間を見下していたのに、その彼らが幸せそうにしてるのを見ると自分が急に愚か者に思えてきた。
この意地がなんの役に立つのだろう。夢は破れるもので、宝クジは当たらなくて、世の中には考えるだけ無駄なことがいくらでもあって、そういうものに興味を持たないで休日の家族との過ごし方や仕事の営業成績の上げ方やこの冬のトレンドを人より早く取り入れることなんかを考える人間が一番賢くて幸せなんだと何度も思っては心が折れそうになった。
「わかるよ。すげえわかる。俺も同じ気持ちに何度もなったよ」
「私は女だから結婚して子どもを産んでってなると、もう落ち着かなくちゃいけないのかなって思ったんだよ。お父さんも安心させたいしさ」
責める気持ちになんて到底なれない。
「愛夏は今、お付き合いしてる人はいるの……?」
「それがいないんだよね(笑)賢くない生き方をしてきた代償なのかな(笑)」
俺がいるよと言いたかった。けどなにも言えなかった。笑って言う愛夏にリアクションを取れずに、険しい顔になって聞いていた。
「俺とって思ってる?(笑)なんてね」
愛夏はきっとエスパーだ。それとも僕はサトラレなのだろうか。そんなドラマが昔やっていたなと急に思い出した。
愛夏の言葉には答えずに僕は言った。
「愛夏、本当の気持ちが聞けて良かった。ごめん、苦しかったでしょう」
「いや……」と言いかけた愛夏の瞳から滴が零れ落ちた。


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