けんたろ

ジーザスから生き方を学び、実践するお手伝いをする人でありたい。 クロスロード・インター…

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ジーザスから生き方を学び、実践するお手伝いをする人でありたい。 クロスロード・インターナショナル教会の牧師 オンライン・バイブルサロンのパーソナリティ noteでは、オーガニックチャーチというあり方について、いろいろ考察しています。

マガジン

  • 教会に所属せずにクリスチャンになる方法

    宗教組織としての教会に所属しないでクリスチャンとして生きていく方法を紹介していきます。 日本にはそういう方たちが実際にたくさんいますが、その多くが自信を持って「自分はクリスチャンです」ということができないでいます。 あるいはご自身を「野良クリスチャン」と呼んだりして、ちゃんとしたクリスチャンではないかのように感じているようです。 そんな皆さんが、「私はクリスチャンです」と胸を張って生きていけるようになる助けになれれば嬉しいです。 また、たくさんの異端やカルトがあって、教会に行くのは恐いけど、聖書に興味がある方、クリスチャンになりたいという方たちの参考になればと思っています。

  • 紀元1世紀の教会を訪れる

    この文章は、初代教会の様子を現代のクリスチャンに伝えることを目的としており、綿密な考古学的研究の成果によるものです。 著者ロバート・バンクス氏はオーストラリア・シドニーにあるマッコーリー大学で教鞭を取る研究者で、聖書研究、クリスチャンのライフスタイル、共同体の形成、信仰と仕事、リーダーシップなどについて著作があります。 この小説は、紀元1世紀中頃の初期キリスト教集会に出席するとは、どのようなことであったかを記したものです。

  • 異教のキリスト教

    私たちは本当に、教会を聖書通りに行っていると言えるのでしょうか? 牧師はなぜ、毎回礼拝の中で説教をするのでしょう? 教会の礼拝会は、どうして毎週代わり映えしないのでしょう? 会衆はなぜ、みんな講壇に向かって座っているのでしょう? もし分からなければ、この本は、これまでの思い込みを解除する役割を果たすでしょう。 現在のキリスト教徒が毎週日曜日の教会で行っていることのほとんどは、新約聖書ではなく、使徒の死後長い年月を経て発展した異教徒の文化や儀式に根ざしているのです。 著者のフランク・ヴィオラとジョージ・バーナは、現代のキリスト教の教会活動の起源を示す説得力のある歴史的証拠と豊富な脚注で、彼らの論文を裏付けています。 その過程で著者は、教会が本来あるべきいのちではなく、起業組織のように機能するときに生じる問題を明らかにします。

  • 神さまと生きるために知ってほしい12のこと

    もしも、自分の生きる目的がもう少し明確にわかったら、人生はどのように変わるでしょう? このマガジンは、聖書に書かれていることの入門編として、自分に与えられている使命を見出し、神さまと共に生きるのを助けるために作りました。 このマガジンを通して自分の人生について理解を深め、それを実行することを通して、人生が大きく変わり、喜びにあふれ、自分も周りの人たちも幸せになることができますように。

  • オーガニックチャーチのススメ

    「なぜ、日本には福音が弘がならないのでしょう?」 この問いは、いつも私たちの中にあり、たくさんの理由があるだろうと思います。 「日本人は○○だから福音を受け入れない。うなじの堅い人々なのだ」と言う人たちもいますが、その考え方にはあまり意味がありません。それが本当だとして、日本人を変えることはできないのですから。 他人を変えることはできませんが、自分が変わることはできます。私たちは、受け入れてくれない人のせいにするのではなく、伝えることができていない自分たちの問題を自覚して、それを改善していくべきです。 このシリーズでは、私たちが福音を伝える力を持った教会になる方法として、「オーガニックチャーチ」という考え方を紹介していきます。

    • 教会に所属せずにクリスチャンになる方法

    • 紀元1世紀の教会を訪れる

    • 異教のキリスト教

    • 神さまと生きるために知ってほしい12のこと

    • オーガニックチャーチのススメ

最近の記事

「一タラントで十分」の信仰

半分水が入ったグラスを見て、「まだ半分ある」と思う人と「もう半分しかない」と思う人がいるという話は聞いたことがあると思います。この違いは神さまから与えられているものの感じ方にも影響するなぁと思いました。 同じだけの祝福を受けていても、ある人は「こんなに祝福を受けた」と感じ、別の人は「自分は祝福なんてほとんど受けていない」と感じています。少しの祝福でも、たくさんの祝福に感じられた方が幸せなのは言うまでもありません。 神さまから受けている才能や賜物に関しても、同じことが言えま

    • 教会に所属せずにクリスチャンになる方法-5

      前回に引き続き、「教会」での集まりについてお話していきたいと思います。今回は、特に礼拝について話していきます。 4.礼拝教会と言えば礼拝と連想するくらい、教会と礼拝は切っても切れない関係だと思います。 しかし、集まりによっては「教会堂ではないので歌を歌うことができない」とか、「説教をする牧師がいない」など悩みを抱えている人たちもいらっしゃるかもしれません。 でも、実は、多くのクリスチャンがイメージする礼拝の形は、そもそも新約の時代の礼拝とは違うものになっていることが多いの

      • 教会に所属せずにクリスチャンになる方法-4

        さて今回は、私たちが教会という宗教組織に所属するのではなく、「教会」としてコミュニティを構築していくことについてお話していきたいと思います。 すでにある組織に、しかも宗教的な組織に入会するのはハードルが高いと思う人も多いことでしょう。実際に教会に通ってみたけれど、自分には合わなかったという方たちもいると思います。 そのようなシステムは、西洋の文化に合わせて作り上げられていったものなので、自分の肌には合わないと思う人がいるのも無理のない話なのです。 一方で、それが好きとい

        • 教会に所属せずにクリスチャンになる方法-3

          「教会という場所に通う」あるいは、「教会という組織に所属する」というのではなく、自分自身が「教会として生きていく」クリスチャンとしての歩みは、前者のそれとは自ずと違うものになるでしょう。 いや、厳密に言えば「教会」として生きているクリスチャンが教会に通ったり、宗教に所属することもできるのですが、その逆は成り立たないということです。 つまり、通ったり組織に所属しているだけでは、「教会」として生きることには繋がらないというわけです。 ならば、どういう選択をするにしても、「教

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          教会に所属せずにクリスチャンになる方法-2

          前回も紹介したように、聖書の中では教会についていろいろな言葉で表現されています。 今回は、もう少し詳しく見ていきましょう。 1.神の家族としての教会第一に、「教会」とは、本来神の家族のことでした。 ここには、神の国の民という言葉も出てきますが、これはクリスチャンのことです。 クリスチャンになるということにもいろんな意味がありますが、重要なことの一つは、私たちが神さまを王とする神の国の民になるということです(これについては、また別のところで詳しく話しますね)。 でも、ここで

          教会に所属せずにクリスチャンになる方法-2

          教会に所属せずにクリスチャンになる方法-1

          皆さんは、クリスチャンにどのようなイメージを持っているでしょうか? クリスチャンではない方たちからは、「教会に行っている人」というイメージが大きいようです。 しかし、昨今宗教のイメージは悪く、旧統一協会の影響もあって、教会に行くのは恐いと感じる人も少なくありません。 一方、あるデータによれば、日本人の多くは、「今は無宗教だが、どれか宗教を選ぶならキリスト教」という人が最も多いと言われています。 そこで、教会に所属したり、通ったりしなくてもクリスチャンになる方法について考

          教会に所属せずにクリスチャンになる方法-1

          紀元1世紀の教会を訪れる(訳者あとがき)

          使徒の働き(使徒行伝)の時代、教会とは建物のことでなければ、宗教組織のことでもありませんでした。 聖書に記されているように、キリストをかしらとする人々が有機的に繋がった、ひとつの体として機能とする人々そのものを表わしていました。 「ローマの教会」や「コリントの教会」という言葉が表すのは、その地域で活動するキリスト者たちのことであり、パウロたちによって書かれたそれぞれの手紙は、その地域のキリスト者たちや、時には他の地域にまでも回覧されて読まれていったものです。 礼拝の様子も

          紀元1世紀の教会を訪れる(訳者あとがき)

          紀元1世紀の教会を訪れる(14)

          外は真っ暗だった。 街の道路は、よほどの機会でない限りは点灯しないので、それ以外の時に道路を通行することは簡単ではない。 月が満ちて高い位置にあるなら別だろうが。 二人の奴隷たちはすぐ前にいるはずだが、声は聞こえても見ることはできず、人通りも全くないように見えた。 我々ローマ人は早起きして、明るい時間を有効に使うので、ほとんどの人はもう何時間も前に寝ているはずだ。 ランプが明滅し、煙が充満してしまう夜の部屋は、夜更かしには不向きなのだ。 「フェリクス」と、クレメンスは奴

          紀元1世紀の教会を訪れる(14)

          紀元1世紀の教会を訪れる(著者による序文のことば)

          この短い物語は、西暦1世紀半ばの初期キリスト教の集会に参加したときの様子を描こうとしたものだ。舞台としてローマが選ばれたのは、当時の一般人の生活の詳細が他のどの国や街よりもよく分かっているからである。 教会のホストとしては、アキラとプリスカを選んだ。彼らはパウロと長いつながりを持っていたので、彼らの家での集まりは、おそらくパウロの手紙が示唆する路線に沿ったものになるだろうと考えたからである。 人物の描写は、できる限り何らかのデータに基づいて描くように努めた。 資料がない場

          紀元1世紀の教会を訪れる(著者による序文のことば)

          紀元1世紀の教会を訪れる(13)

          機織り職人の妻が話し始めた。 「ここに座ってアキラさんの話に耳を傾けながら考えていたのですが、神さまは私に何かを伝えるようにと願っておられるように感じました。まずはここにいるみ皆さんに、そして、ある特定の人のためにです。 神さまは、私たちが互いに分かち合うために、もっと多くのものを与えてくださること、そして、今経験しているものをさらに役立つものにしてくださることを、私たちに知ってほしいと願っておられるように思います。 それは、私たちが自分の賜物をどれだけ求めても得られる

          紀元1世紀の教会を訪れる(13)

          紀元1世紀の教会を訪れる(12)

          わずかにできた間を縫って、プリスカは立ち上がり、ランプに火を灯した。 もう外はすっかり暗くなり、部屋の向こうにいるお互いの姿はほとんど見えない。 そうして彼女が火を灯している間に、ハーマスはユダヤの聖なる書物から話を始めた。 ハーマスによるダビデの話し それは、過去の偉大な英雄の一人で、ダビデという人の話しだ。 その話しぶりからすると、彼らは会うたびに、彼その人物の人生の様々な場面について聞いてきたらしい。 ハーマスは、物語の語り方をとてもよくわきまえていた。 私が彼を

          紀元1世紀の教会を訪れる(12)

          紀元1世紀の教会を訪れる(11)

          全員が着席し、リュシアスがゲームを片付けると、アキラは頭を少し下げて、彼の神の霊にこれから起こることすべてを導いてくれるよう頼んだ。 前と同じように、仰々しさはななく、淡々とした口調で。 少し間を置くと、彼は、子どもたちが特に好きな歌をみんなで歌おうと提案した。 これは、概ねみんなからの賛同を得た。 バリトンボイスのガイウスがリードすると、すぐに全員が参加し、子供たちは手拍子を打ちながら歌っている。 しばらくすると、私もそこに加わって一緒に歌うことができた。 歌を歌うこと

          紀元1世紀の教会を訪れる(11)

          紀元1世紀の教会を訪れる(10)

          このときリュシアスが、アキラの合図でテーブルにあるカップを補充し始めたので、私たちの話しは中断されてしまった。 フェリクスは別のテーブルで同じようにワインを注いでいる。 アキラは自分のカップを両手でつかむと、このように言い始めた。 「私たちが飲んでいるワインは、食事の一部であり、主における交わりを助けるものでした。しかし、そこにはそれ以上の意味があります。なぜなら、イエスさまが説明したように、死によってこの絆を作り出したのはイエスさまご自身であることを思いださせるものだから

          紀元1世紀の教会を訪れる(10)

          紀元1世紀の教会を訪れる(9)

          休憩時間になると、フィロロギウスは、長女がこの集まりのためにささやかな献げものを用意したので、これからそれを披露したいと告げた。 夕食の時にこういう芸の披露がされるのはよくあることなので、私もこの申し出に驚くようなことはない。 部屋のあちこちから励ましの言葉がかけられた。 少女は立ち上がり、皆に見えるように壁際に移動した。 「私が作った歌を歌います」と、少女は言った。 「神さまがお造りになった、いろんなものについての歌です。」 そして彼女は、大胆に、純粋で澄んだ声で歌い上げ

          紀元1世紀の教会を訪れる(9)

          紀元1世紀の教会を訪れる(8)

          「さあ、リュシアスくん。君が話そうとしていた話題に戻ろうじゃないか。」アキラが言った。 その奴隷は答えた「少し言いにくいことなのですが…、アリストブルスさまに関係のあることなのです。ですが、皆さんにそのことを話しなさいと仰られるので…。 問題…と言いますのは、アリストブルスさまが私を解放したいと考えていらっしゃるということです。もちろん、それは大変嬉しく、ありがたいことなのですが、でもなんとなく納得がいきません。 神さまは私に、このお方にお仕えするよう召していらっしゃる

          紀元1世紀の教会を訪れる(8)

          紀元一世紀の教会を訪れる(7)

          アリストブルスは、みんなが食べ始めて沈黙が起こった隙を見て、リュシアスが今夜のうちに皆に話しておきたいことがある、と言った。 アキラは、彼が望むならすぐにそれを進めてもいいと、手で促した。 彼がそうしようとしたちょうどその時、外廊下でサンダルの音がした。 すぐに、それを脱いでスリッパに履き替える音がして、玄関に髭を生やした若い男が姿を現した。 遅れて到着したフェリクス 「やあ、フェリクス。よく来たね」と、アキラはソファーから声を掛けた。 その奴隷は、申し訳なさそうに、

          紀元一世紀の教会を訪れる(7)