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「青天を衝け」レビュー21 人の一生は重荷を負って遠き道を行くがごとし

 おばんです(朝読んでいる方は、おはようござりす)。
 せっかくなので、渋沢栄一が主人公の大河ドラマ、「青天を衝け」で気になったところを考察していきたいと思います。
 とは言っても、あらすじなどは他の方々がわかりやすく書いているので、僕が気になったポイントだけ見ていきます。

 今回は、渋沢栄一と徳川慶喜が、いわゆる「神君遺訓」をデュエットしたところ。

神君遺訓

 「神君遺訓」は、徳川家康が残した教訓の一つ。格言として、割と有名だと思います。

 人の一生は重荷を負て遠き道を行くが如し いそぐべからず
 不自由を常と思へば不足なし
 こころに望おこらば困窮したる時を思ひ出すべし
 堪忍は無事長久の基 いかりは敵とおもへ
 勝事ばかり知りてまくるを知らざれば害其身にいたる
 おのれを責て人をせむるな
 及ばざるは過ぎたるよりまされり

 訳 
 人の一生は、重い荷物を背負って遠い道を行くようなものだ。急いではいけない。
 不自由が当たり前だと思えば、不満は出ない。
 欲望が出てきたら、苦しかったときのことを思い出せ。
 我慢は長く安心できることの基本。怒りは敵と思え。
 勝つことばかりで負けることを知らなければ、その弊害は自分に返ってくる。
 自分を責めて、他人を責めるな。
 足りないほうが、出すぎているよりましだ。

 

『論語』との類似点

 渋沢栄一は『論語と算盤』のなかで、「神君遺訓」と『論語』中の言葉の共通点をいくつかあげています。

 挙げておくと、

人の一生は重荷を負って遠き道を行くがごとし
 ↓
士は以て弘毅ならざるべからず。任重くして道遠し。仁以て己が任と為す、亦た重からずや。死して後已む、亦た遠からずや。
訳 武士は度量が広く、意思が強くなければならない。任務は重くて道は遠い。仁をおのれの任務とする。なんと重いじゃないか。死ぬまでやめない。なんと遠いじゃないか。
 (『論語』泰伯第八 七 より)
己を責めて人を責むるな

己れ立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す。
訳 自分が立ちたいと思えば、まず他人を立てさせ、自分が達成したいと思えばまず他人を達成させてあげる。
(『論語』雍也第六 三〇 より)
及ばざるは過ぎたるより優れり

過ぎたるは猶お及ばざるがごとし。
訳 行きすぎるのは足りないのと同じようなものだ。
(『論語』先進第十一 一六 より)
堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え

己を克(せ)めて礼に復るを仁と為す。
訳 我が身をつつしんで礼(規範)に立ち戻るのが、仁というものだ。
(『論語』顔淵第十二 一 より)
不自由を常と思えば不足なし、心に望み起こらば、困窮したる時を思い出すべし
勝つことばかりを知りて負くることを知らざれば、害その身に至る

この意味の言葉は論語の各章にしばしば繰り返して説いてある。
(『論語と算盤』処世と信条 士魂商才 より)


おまけ 21話関係

 以下、原市之進に、フランス行きが「僥倖」だと言ったあたりの『雨夜譚』の描写。「僥倖」という言葉は、カイジの100年以上前に渋沢栄一が使っていたのだ。

 自分がそのときの嬉しさはじつに何とも譬(たと)うるに物がなかった。
 自分が心で思ったには、人というものは不意に僥倖がくるものだと。速やかにお受けを致しますからぜひお遣わしを願います、ドノような艱苦も決して厭いませぬと、原市之進に答えまして
(『雨夜譚』外国行 仏国行の御内意 より)

画像1

※『賭博黙示録カイジ』より引用

参考文献

↓Audible版


「青天を衝け」レビュー記事は↓

自己紹介記事は↓


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