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AWS re:Invent2018参加レポート イベントの構造的工夫と、AWSの意志と未来

11月25日〜30日までラスベガスで開催された、AWSのカンファレンス
re:Inventに参加しました。実際に見てきた情報をベースに考えた、イベントの構造的工夫や、AWSの意志と将来の市場動向について、7,000文字を書きました。是非、年末年始のお休みにゆっくり読んでいただければと思います。

海外旅行には慣れていないので、運転免許証やクレジットカードをなくしたり、ホテルに設置されているペットボトルの水をガツガツ飲んでいたら、1本あたり20$の高額請求を食らったり大変なことが多々ありましたがが、それ以上に実りある視察になったと思っています。

目次
AWSとは
AWS re:Inventとは
イベントの構造的工夫
  1. ロックフェスを踏襲したイベントの構造
  2. デザイン
  3. Keynoteにおける話の構造的工夫
新サービスから推測するAWSの意志と未来
  1. データ包囲への意志
  2. 機械学習におけるGoogle Cloudとの戦い
  3. その他
今後AWSに対してどう向き合うか
最後に

AWSとは

AWSを知らないという方にも、その規模間や、影響力を分かってもらえるようにこのエントリを書いています。AWSについて既にご存知の方はこちらの章を飛ばしてください。

AWSとは、Amzaonが提供するクラウドコンピューティングのサービスです。

AmazonのECサイトには、クリスマス前には閲覧者が急増するなど、時期や時間によるアクセス数の変動がありあす。そのため、Amazonはピークのアクセス時に備えられるレベルで、サーバー機器、ストレージ機器、ネットワーク機器を保有しています。

勿論、閑散期にはそれらのコンピューティングリソースは利用されない余剰資産となってしまします。そこで、これらの余剰リソースを、一般ユーザーがインターネットを通じて利用できるクラウドコンピューティングサービスとして、2006年に始まったのがAmazon Web Service(AWS)です。

その後、MicrosoftやGoogleも数兆円単位での投資を行い、クラウド市場に参入している状況で、世界各国で「クラウドファースト」の時代が到来しています。企業がWebサイトやITシステムを立ち上げる際、10年前ではサーバ等の機器を購入するのは当たり前でしたが、それが今では時代遅れな判断となりつつあります。

その中でも、AWSはクラウドコンピューティング市場の先駆者であり、市場シェア33%以上を誇りながら、年成長率約150%という、もう誰にも止められない怪物状態となっています。薄利多売のAmazonの利益を、裏で支えているのも利益率25%と言われているAWSです。

AWS re:Inventとは

さて、ここからが本題です。
AWS re:Inventとは、ラスベガスで年に1回行われる、カンファレンスイベントです。様々なAWSの新サービスが発表されることで注目の高いイベントです。

参加費1,800$という結構なお値段でありながら、現地には、世界から45,000人(日本1,200人)が参加しています。中国からの参加が体感1割ぐらいで、結構多かったのが印象的でした。会場は、ラスベガスの中心地、ストリップ通りに並ぶ、主要ホテル7つのイベント会場を貸し切ります。

約5日間の開催期間で、2,200のセッションや、毎日1つのKeynote、交流型のイベント、アクティビティなど様々な多数のイベントが開催されます。

最終日には、ラスベガスの空き地に、たった4時間のために作られた、莫大な会場でEDMパーティが行われます。(恐らく、会場設置に5億円ほど費やしているのではないでしょうか...。)今年のメインDJはSkrillexでした。

しかし、re:Inventの参加者は世界各国のギークたちなので、Skrillexが来ているというのに呆然と見ている人が多く、ちょっと滑稽な光景で個人的には面白かったです。

re:Inventは、クラウドコンピューティングの技術をテーマとしたイベントではありますが、ただ淡々と技術を語るだけではなく、文化的な側面を感じるアプローチも多く、参加者にとって印象に残るイベント構造になっていたと感じました。

イベントの構造的工夫

1. ロックフェスを踏襲したイベントの構造
ロックフェスは、非日常感の演出、そして、どんなタイミングでも気持ちを白けさせないプログラムと会場の設計が優れていると思います。re:Inventは、まさにそれを踏襲したイベント構造であったと思います。

BGM:会場では常にBGMが流れ、広い吹抜けのエリアにはDJ、シャトルバスの乗り場へ向かう狭い道にも楽器弾きが配置されていました。音楽が途切れて、白けてしまうシーンがないようにする徹底的な配慮だったと思います。

セッション:約5日間で2,200のセッションが同時並行で行われます。セッションが行われる各会場間が離れていることもあり、自分が見たいセッション全てに参加することは到底不可能です。代わりに、近くの部屋で行われている、全然注目していなかったセッションに入ってみると、思わぬ出会いがあったりします。多数のステージで同時並行して、ライブやショーが展開される、ロックフェスの体験と同じです。

アクティビティ:早朝ランや、大食いチャレンジなどアクティビティイベントもあります。最近、ロックフェスでも早朝ヨガとかありますよね...。


DJパーティ:最終日の夜はEDMパーティを全員で楽しみます。(前述)

2. デザイン
ピンクから青にかけてのグラデーションデザインが、今回のイベントのメインテーマとなっています。

会場では横幅数十メートルもある、巨大スクリーンが設置されている箇所がいくつかありましたが、そこに映し出される、メインテーマを基調とした、色が次第に移り変わるアニメーションは非常に高精細でクールに映えるものでした。

一昔前は、Web全盛時代のフラットデザインが興隆を極め、グラデーションは格好悪いものとして扱われていました。しかし、モニターの解像度が高くなるにつれて、繊細で滑らかな色の表現が可能となり、最近では非常に流行しています。今回のグラデーションデザインによるテーマは、AWSの先進的なイメージを更に促進する効果を持っていたと思います。

各セッションの各スライドも、本デザインテーマに合わせて、恐らく、全てデザイナーによって手がけられていたのが印象的でした。日本のEXPO等のイベントでも、セッションは複数行われますが、「サラリーマンが作りました」という感じの統一性のない、デザインに無頓着なスライドに溢れていることが多いなと感じます。

3. Keynoteにおける話の構造的工夫
CEO、CTO、Vice President(VP)などが登壇する、Keynoteにおいても文化的側面を感じる工夫がありました。

VP Peter DeSantis氏のKeynoteでは、歴史に名を残すスポーツ選手による名言や、CEO Andy Jassy氏のKeynoteでは、ロックの殿堂入りしたアーティストの歌詞を多く引用しながら、プロダクトが目指す方向や思想を語り、新サービスの発表へ繋げていくことで、それらの新サービスがすごく重要な意義を持っているように感じられる話の構造となっていました。

個人的に面白かったのは、AWSの父こと、CTO Warner VogelsのKeynoteで、AWSのアーキテクチャを語る熱心さもさることながら、ケースユーザーとしてFender社が登壇した後、FenderといえばJimi Hendrixということで、Jimi Hendrix Experienceをパロディしたスライドで持論を展開するユーモアも素晴らしいと感じました。技術や音楽など好きなものへの愛が詰まった、心くすぐられる内容となっていました。

Warner Vogels氏「ARE YOU WELL-ARCHITECTED」

Jimi Hendrix Experience「ARE YOU EXPERIENCED」

AWSは非常に巨大な組織ですが、トップに立つ人間が、自ら深い技術について発信していく姿勢や、遊び心を忘れない姿勢を見せるということは、日々熱心に新しい技術を追い求めるエンジニアをユーザーとして囲い込むためには、非常に重要なアクションだと感じました。

新サービスから推測するAWSの意志と未来

1. データ包囲への意志

今回、約80の新しいサービスが発表されていますが、その中でもデータベース系、ストレージ系、データマイグレーション系のサービスが1/4をも占めている状況です。

基本的にデータを他の基盤に移行させるには大変な工数が伴うため、一度データを囲い込んでしまえば、ユーザーは中々出ていこうとはしません。故に、クラウドベンダーにとって、ユーザーのデータを握ることは非常に重要です。

今回、発表された新機能としては、各データのアクセス頻度に合わせて格納場所を自動的に変更することによりコスト最適化を実現するS3 Intelligent-Tieringや、時系列データが扱えるマネージドデータベースとしてのTimestream、オンプレミスからクラウドへのデータ転送を従来の10倍速で実現するDataSyncなどがあります。

この領域における機能の多さは、個人的にはAWSの一人勝ち状態であると見ています。

2. 機械学習におけるGoogle Cloudとの戦い

AI市場が拡大していく中、機械学習のモデル作成や推論を行うプラットフォームとして、各クラウドは利用者拡大を急いでいる状況です。その中でも、Tensorflow(機械学習用のフレームワーク)を開発し、それを高速計算させることが可能なTPUチップを開発するGoogle Cloudがリードをしているようにも見えます

今回、AWSの機械学習レイヤーにおいても、多くのエンハンスが発表されました。やはり、注目度が高かったのは、AWSが独自のGPUを開発するという発表ではないでしょうか。狙いはやはり、GPUインスタンスの価格を下げることにより、AIプラットフォームとして民主化を目指すものだと思います。

因みに、このAWS自製のGPUであるAWS Inferentiaは、2015年にAmazonが買収したイスラエルの半導体スタートアップ企業のAnnapuruna Labsの技術をベースとした開発となるようです。直近、Amazonが買収している企業からも今後の動向を予測することは可能です。

また、Personalizeという、Amazonが自社ECで磨き上げた商品レコメンデーションのAIモデルを利用できるサービスの発表も印象的でした。しかし、この領域においても、ユーザーの検索履歴とWeb上の行動履歴を追い続けているGoogleが非常に強敵となるように思います。WIRED創刊編集長のK.Kelly氏の著作の一つである「<インターネット>の次に来るもの」には、印象的な以下の記述があります。

当時は検索だけに特化した小さな会社だった。そこで聡明な創業者ラリー・ペイジと話した。「ラリー、未だによくわからないんだ。検索サービスの会社は山程あるよね。無料ウェブ検索サービスだって?どうしてそんな気になったんだい?」 --
ペイジの返事は今でも忘れられない。「僕らが本当に作っているのは、AIなんだよ。」

また、個人的に印象的だったのは、Marketplace for Machine Learningです。様々なベンダが作成したアルゴリズムやモデルをAWSが展開するMarketplaceから購入し、SageMaker(機械学習用のプラットフォームサービス)上で利用できるというものです。Marketplaceを軸に、市場を味方に付けていく戦略が、機械学習のレイヤーにおいてもGoogle Cloudより多くのユーザーを先に囲い込むための得策となりうるかも知れません。

3. その他

その他にも、注目度が高かった新サービスのいくつかを考察してみます。

DeepRacer提供の狙い
機械学習のモデルをデプロイして、自動運転をさせることができる、ラジコンカーのようなデバイスが発表されました。

クラウドベンダーがデバイス(モノ)をリリースすることは驚きをもって迎えられるため、話題性を作るための発表でもあるとは思いますが、その他の目的としては以下2つが考えられます。

■ 強化学習のレイヤーでもプラットフォーマーとしての覇権を握るため 
昨今、自動運転やロボティクスへの適用で注目を集めている強化学習ですが、そのモデルを作成するためのプラットフォームとしての覇権を握るため、DeepRacerをばら撒き、とりあえずSageMakerを使ってもらうというのが一つの狙いとして考えられます。

■ 来年はドローンが発表されるか...??
Amazonでは、ドローンを用いた輸送を実験していると報道がされて久しいですが、その機体と技術を外販することは一つのゴールだと思います。今回のDeepRacerの提供は、その前触れであると考えることもできます。といっても、2019年のリリースは少し早すぎる気がしていて、個人的にはAmazon Goの外販が先になる気がしています。

Ground Stationへの期待
今日では、人工衛星を打ち上げるコストが下がり、スタートアップなどが宇宙ビジネスに参入できる状態になっています。人工衛生と通信を行うためには、地上基地局の設置が必要となりますが、それを世界各国に拠点(リージョン)を持つAWSのクラウドで実現することで、基地局を立てるコストを削減できるサービスです。

現在、Amazon創業者であるJeff Vezos氏が宇宙事業「Blue Origin」に注力をしていますが、そのビジネスとシンクロしてくると面白いのでは、と思っています。

私は、全くこの領域においては無知ですが、例えば、Amazonの衛星から送られる気象データ等のリアルタイム性が、沢山の基地局としてのリージョンを持っていることがアドバンテージとなり、従来より優れたものになる可能性が考えられます。

また、そのリアルタイムデータを、誰でもAWS上で自由に利用できて、自社のビジネスのAIモデルをより強固にしていくことが実現できるかもしれません。

Outposts発表による日本ITベンダへの驚異
もう一つの驚くべき発表として、Outpostsというプライベートクラウドのサービスが発表されました。これは、AWSをユーザーが指定したデータセンター(ユーザー自身が所有するデータセンターなど)に設置が可能なサービスです。

基本的に、データを一元的に吸収していくエンハンスを続けてきたAWSにとって、ユーザーが指定する拠点にクラウドを設置するというのは完全に今までとは逆の流れです。金融系やエネルギー系の企業など、どうしても外部のデータセンターへデータを移転することができないという、情報の取扱いポリシーを持つユーザーへの適応と考えられます。

ユーザーの自社拠点にプライベートクラウドを設置するというのは、富士通やNRI等の国内ITベンダが得意とする領域です。寧ろ、パブリッククラウドのビジネスモデルでAWSやGoogle等と勝負できなかった国内ITベンダにとって、プライベートクラウドのビジネスは唯一残された道といっても過言ではありません。しかし、遂にこのレイヤーにも侵食してくる、AWSの企業体力には恐ろしいものを感じます。

今後AWSに対してどう向き合うか

ここまで記載してきたとおり、AWSの技術革新は目覚ましいものがあり、これからも我々を興奮させて止まないエンハンスを続けていくと予想されます。

しかし、同時にメガプラットフォーマーであるAWSに対して、どう向き合っていくかという点をよく考える必要があります。

例えば、日本国内向けのWebサービスを構築するとします。少なくとも1~3割の費用はサーバーインフラ、つまりAWS等の海外のクラウドベンダに支払います。もし、そのサービスがApple Storeでも販売されるアプリだとすれば、収益の3割はAppleに持っていかれます。それを日本のユーザーはVISAやMasterCardで決済するわけです。

では、「せめて、国産のクラウドサービスを使えばいいのでは?」という話かもしれませんが、そうも単純には行きません。AWSは既に市場のデファクトスタンダードであり、シェアを広げ利用料を下げていく「規模の経済」をベースとするAmazonの思想により、他のクラウドサービスを利用するよりAWSを利用する方がコスト面では最適になるケースは多いです。また、AWSを活用できるスキルは市場価値になるため、実際に開発を行うエンジニアもAWSを選択したいと考えるケースが多いと思います。

今すぐ打つ手がないとしても、この状況に対して意識的であることで、見えてくるものもあるはずと、私は考えています。

例えば、中央集権ではないブロックチェーンをアプリケーションで適用してみることや、一つのクラウドからのロックインを免れることができる、マルチクラウドで運用可能なDBミドルウェアなどを検討することができるかも知れません。

最後に

いろんな意味で目が話せない、AWSの動向ですが、来年re:Inventに参加される方にいくつかアドバイスを残して終わりにしたいと思います。

・セッションの予約は1ヶ月前には済ませておくと良いです。人気のセッションを早々に埋まってしまいます。
・英語が苦手な方はオンライン英会話で慣らしておくとベターです。各種、交流イベントがあるためです。
・朝食は会場で食べられるので、ホテルは朝食付きでなくて大丈夫です。
・乾燥がひどいので、保湿剤を沢山持っておいたほうが良いです。
・シルクドソレイユの人気公園は一週間前に予約しておいた方が良いです。

ここまで、長文にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

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