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簡単・便利という市場価値によって排除されてしまうのは

どんどん色々なことが簡単になっている。

スマホ1つあれば、なんでもできる。知りたい情報も、食べたいものも、着たい服も、なんでも手に入る。そんな時代だ。

ひと昔前、ネットが急速に伸び始めた頃、知りたいことをネットで調べる若者に対して、苦労して本を探し情報を調べていた大人たちは、簡単に手に入れた情報は知識として定着しない、すぐ忘れてしまうと批判していた。その頃からすると、今は、そのレベルをはるかに凌駕して、あらゆる物事が簡略化されて、簡単であることが1つの市場価値として存在感を増しているように思われる。

そんな中で、最近読んで衝撃的だった記事がある。

なぜ若い人は本を読まないかというこれまでにも何度も問いが立てられてきたテーマで、実際に20代半ばの若手起業家でネットの動画界隈で活躍するAさんに話を聞いてみたという記事。冒頭で、Aさんは頭がいい人という印象と紹介されている。

私が衝撃を受けたのは、次の部分

理由その4 「書き手が知らない人だから」つまり「なんで、よくわからない人の意見を、いちいち聞かなきゃいけないのか?」ということです。知っている人や好きな人の話だったら、積極的に聞こうとは思いますが、本の書き手は、読者にとって大部分が知らない人です。そんな知らない人の私見や、勝手につくったストーリーを押しつけられても、それをわざわざ手に取って、自分の時間をかけてまで読もうとは思わない、ということらしいのです。(中略)つまり、それが面白いと思えるためには、ビジュアル(光景)が必要だということなのです。原則、本だと活字しかありません。本に書かれたビジュアルは、活字やその集合体である文章から、自分でイメージ(想像)する必要があります。その文章からビジュアルをイメージするという行為が〈理由その1〉の「つらい」につながるのです。
理由その5 「ネットのほうが便利だから」ネットのほうが便利。つまり「読書は不便」ということらしいです。今度こそ、僕は超特大の衝撃を受けました。僕には読書を、本を読むという行為を、今まで「便利か不便か」という枠で捉えたことがなかったからです。読書という行為の修飾語として、便利とか不便とか、そういう言葉自体を頭に想像したことが、僕には今までありませんでした。「楽しいか、楽しくないか」ならわかります。「面白いか、つまらないか」も理解できます。でも、Aさんにとっては、そもそも読書がそういう枠内のものではなかったということです。定義からして違ったわけです。衝撃を引きずったまま、僕はAさんに問いを続けました。「ネットのほうが便利って、どういうこと?」 すると、Aさんから、これまた衝撃的な見解が飛び出てきたのです。「だって、その本のストーリーを知りたければ、まとめサイトとか見ればいいじゃないですか?」

とても衝撃的だったとともに、何か絶望的な感じがした。要するに、簡単・便利という思考枠組みを突きつめていくと、分かりにくいものや理解できないもの、あるいは時間がかかることは不便で必要のないものとして、削ぎ落とされてしまうのである。フィクションの世界だけでなく、実際のリアルな人間関係(恋人を見つけるアプリ等)においても、「簡単・便利」がビジネスとして日常生活に浸透している。そうした簡単・便利の追求という意味において、AIの発展はその極地と言えるかもしれない。しかし、である。

Aさんは頭が良い人と冒頭で紹介されているものの、致命的に何かが欠けているとしたら、想像力ではないかと思う。それは、彼が想像力を働かせることを、簡単・便利という社会に暮らすなかで拒否してきた結果、想像力のキャパシティが極端に低く、だからこそ、その範囲を超えるものは、つらい、あるいは面倒くさい=不便という思考で切り捨ててしまうからではないかと思う。

分かりやすい=簡単に理解できる、ということが市場原理として強く働くようになると、私たちの社会から“想像力”はますます排除されていくことになる。「便利であること」が社会を豊かにするという合理性のもとで追求されてきたことと矛盾するように、社会を形成する人間自身の想像力は、便利という価値観によって削られている。そして、それによって社会が豊かになったかといえば、答えは否であると感じてしまうのはなぜだろうと思う。

2019年の本屋大賞を受賞した、「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」の著者、プレイディみかこさんは、立場や意見の違う他者のことを想像する力のことを、「自分で誰かの靴を履いてみること」と紹介している。

それは恐らく、面倒臭いし、嫌なことであるかもしれない。でも、想像力が乏しいと、とってもつまらない社会になると思う。目に見えないけれど、想像力が社会に果たしている役割は相当大きくて、それは単に、メディアで頻繁に言われる共生社会とかいう理念のためだけではなく、映画とか漫画・小説・音楽、そういった様々な面白い文化的コンテンツが生まれる背景としても、想像力は大切なのではないかなと強く思う。






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