見出し画像

DeepX 冨山翔司氏 インタビュー(前編)~建設機械自動化ソフトウェア開発で変革する建設現場の未来~


【はじめに】

今回は、油圧ショベルやクレーンなど、幅広い建設機械の自動運転システム開発に取り組む株式会社DeepX(ディープエックス)冨山翔司氏をお招きしました。

DeepXは、日本のAI研究をリードする東京大学 松尾研究室発のスタートアップです。「あらゆる機械を自動化し、世界の生産現場を革新する」をミッションに掲げ、ゼネコンや建機メーカー各社との共同プロジェクトを多数推進しています。労働力不足、熟練作業者の不足など、建設業界が抱える課題の解決を目指し、さまざまな技術を駆使して「建設機械の自動化」に取り組むDeepXの活動に、建設DX研究所 代表 岡本が迫ります。

■プロフィール

冨山翔司
株式会社DeepX 代表取締役
東京大学工学部を卒業後、同大学大学院工学系研究科修士課程を工学系研究科長賞を受賞し卒業。学部3年より東京大学松尾研究室にて深層学習の研究に打ち込み、また企業との共同研究プロジェクトをリーダーとして多数牽引。DeepX入社後、油圧ショベル自動操縦プロジェクトなど、従来自動化が困難とされてきた領域での自動化プロジェクトを手がける。2019年6月に取締役就任、2023年1月より代表取締役に就任。車両系建設機械運転免許保有。

前例のない領域での自動化に挑戦し続けるスタートアップ

岡本:まずは、御社の起業の経緯を教えていただけますでしょうか。

冨山:DeepXは、2016年に設立された東京大学松尾研究室発のスタートアップです。松尾研究室は、企業との共同プロジェクトを多数手がけているのですが、その中で建設業や製造業といった”ものづくり”に関わるプロジェクトを集約し、スピンオフする形で起業した会社です。私は設立後2年ほどは、自分の研究をしつつDeepXの事業も手伝う形で携わり、修士課程卒業後正式に入社しました。

当社はもともと建設機械の自動化を中心とした建設現場向けソフトウェア開発からスタートし、FA(ファクトリーオートメーション)分野といった他業界への転用の可能性も検討していました。
しかし、現在は、「建設機械の自動化」に一本化し、建設業界の多様なプレイヤーと大小さまざまな共同プロジェクトに取り組んでいます。

岡本:どんなプロジェクトに取り組まれているか、ぜひ事例をお伺いさせてください。

冨山:一つ目は、コンクリート橋梁工事・補修補強工事などを手がけるオリエンタル白石株式会社とのプロジェクトです。オリエンタル白石は、プレストレストコンクリート技術に強みを持つゼネコンですが、同時に、「ニューマチックケーソン工法」のリーディングカンパニーでもあります。

ニューマチックケーソン工法は、橋梁やダムの基礎、下水ポンプ場、地下調整池、地下鉄・道路の本体構造物など、地下構造物の施工に用いられる工法です。ニューマチックケーソン工法では、まず地上で構築したコンクリート構造物の下部に、地面の掘削作業を行うケーソンショベル(掘削機)や排土に用いるバケットを設置した作業空間を設けます。その作業空間内で掘削と排土を繰り返して掘り進め、構造物を縦に沈下させていく工法です。

特徴的なのは、作業空間に地下水が侵入しないように、地下水圧に見合った圧縮空気を送り込んで作業を行う点です。昔は作業空間に人が入って作業していましたが、気圧が非常に高く人体への負担が大きいため、現在では遠隔操作で作業が行われています。

冨山:地下空間での地面の掘削作業は、作業空間内に設置された定点カメラの映像をもとに、地上のオペレータが遠隔でケーソンショベルを操作して掘削を行います。ただ、定点カメラの映像では、土がどこに溜まっているかなど、現場全体の状態を判断しにくいのが課題でした。また、遠隔の場合、ケーソンショベルと地面との距離感が掴みにくく作業効率が上がらなかったり、測量のために現場監督が地下の作業空間に入らなければならないといった課題もありました。これらに加え、人手不足や熟練オペレータの引退という業界共通の課題があります。
これらの課題を解決するために、私たちは、現在遠隔で操作をしているケーソンショベルの自動運転化を目指しています。その第一段階として、ケーソンショベルの遠隔操作をサポートする施工管理システムを開発しました。

冨山:これは、地下の作業空間をデジタルツインで可視化した施工管理システムです。作業空間内にLiDARセンサーを取り付けて点群データを収集し、現場の状況をリアルタイムで把握できるようにしています。掘り残しがある部分を3Dモデルで確認できるため、遠隔操作を行うオペレータは均等に地面を掘り進めていくことができます。地面との位置関係も把握できるので作業効率も向上しています。3Dモデル上で測量結果も確認できるため、現場監督が地下に行く回数を減らすことができるのもメリットです。

まだ、プロジェクトの第二段階として、ケーソンショベルの自動運転システム開発にも取り組んでいます。すでに実証実験を行い、複数台のケーソンショベルの自動運転化にも成功しています。ケーソンショベルの遠隔操作は、熟練の技術者が行う作業であり、人手不足・技術者の育成も大きな課題となっていました。自動運転の実現によって品質の一定化が図れれば、国内はもとより海外への展開もしやすくなると期待していただいています。

バックホウの自動運転化に向けて実証実験を繰り返す

冨山:二つ目は、当社が創業当時から継続している準大手ゼネコン「フジタ」とのプロジェクトです。フジタも、熟練した技術を持つ建設機械オペレーターの確保・育成に課題を抱えていました。また、重機での現場作業を安全に行うためにも、建設機械の自動化に関心を持たれており、早くから油圧ショベルを遠隔操作するロボット「ロボQS」の開発に取り組まれていました。現在は、「ロボQS」だけでなく土木研究所のOPERAによる制御も活用しながら、バックホウや油圧ショベルの自動運転システムを構築するべく、一緒に実証実験を繰り返しています。

冨山:2023年4月には、無人のバックホウが指定領域の地面を掘削し、ダンプへ積み込みを行う一連の繰り返し操作の自動運転を造成現場で実証しました。この実証実験では、約8時間の連続稼働、合計200回以上の掘削と積み込みを1日でできることが確認できています。実際の現場でのオペレーションに組み込めるイメージが徐々に掴めてきた段階です。本システムは、2024年4月に、土木研究所とともに公開デモンストレーションも行っております。

高度なクレーン操作技術を自動化し、マーケットも支える

冨山:3つ目は、クレーンメーカーである「タダノ」とのプロジェクトです。タダノが抱えている課題も同じく、クレーンを操縦できる技術者の不足です。特に移動式クレーンは、吊り荷を運ぶ際にワイヤが振り子のように揺れる「荷振れ」が発生します。クレーンのブーム(長い棒状の部分)が吊り荷の重さでたわんだり、風の影響を受けたりすると荷振れが増大し、抑制するのが非常に難しいものです。荷振れが大きくなると、下で吊り荷のフックを外す作業員や周辺環境に危険を及ぼします。荷振れを抑制したクレーン操作ができる技術者がいなくなれば、そもそもクレーンのマーケット自体が縮小してしまうと、タダノは危機感を抱いています。

そこで私たちとタダノは共同で、荷振れを軽減するクレーンの自動化技術を開発しています。現在、自動運転で無人のクレーンを動かし、荷振れを抑えて任意の地点へ吊り荷を運ぶ一連の流れにおいて、一定の成果を得られています。

開発検証用のシミュレータを活用し、改善を繰り返す

岡本:建設機械の遠隔操作に取り組んでいる企業もあるかと思いますが、自動化の方がメリットが大きいのでしょうか?

冨山:どちらもそれぞれメリットがあります。遠隔化は、人のオペレータを搭乗席に乗せなくて良いこと自体が、安全性の向上や移動コストの削減につながります。自動化は、人自体が必要なくなるために、省人化を達成できます。流れとしては、遠隔化から自動化、という風に進んでいくと考えています。

生産性の観点では、遠隔操作はやはりタイムラグが生じてしまうため、搭乗運転に比べると生産性は落ちてしまいます。また、音や振動、傾斜など、遠隔では取得しづらい五感の情報が欠落することによる生産性の低下も指摘されています。通信環境によって操作が不安定になり、遅延が発生する可能性もあります。

自動運転は、まずは遠隔操作並の生産性を実現することが一つのベンチマークになると思います。例えば、建設機械に自動運転システムをエッジ側で搭載してしまえば、無線通信による制御遅延は生まれないですし、こういった優位性を生かせると思っています。ただ、「どうやって掘削を進めるか」「どう荷振れを抑制するか」といった自動運転システムの開発には非常に難しく、長い時間がかかります。

岡本:開発スピードを上げることが課題なのですね。

冨山:ロボティクスシステムは、状況を「認識」「判断」「制御」するサイクルを「高速」かつ「リアルタイム」に回さないといけないので、システム構成が非常に複雑です。1つの機能を検証するために、3ヶ月〜半年はかかってしまいます。ひたすら実証実験を繰り返した先に、安定的に長期間稼働するシステムが完成していくので、この開発サイクルをいかにスピーディーに回せるか、信頼性を高めていけるかがキーポイントになってくると思っています。

岡本:画像や映像などのデータを多く収集できればスピードは上がりますか?

冨山:おっしゃるとおり、データがたくさんあれば「認識」のアルゴリズムの精度は上がりますが、建設業界はデータ収集のアプローチがしにくい業界だと感じています。現場に数多く足を運ばなければならないですし、施主が情報を提供する事に難色を示したりすることもあります。

そこで、私たちは開発のためにシミュレータを活用しています。これは、施工現場に近い3Dデータを作り、そのデータの中でさまざまな制御アルゴリズムを開発していくアプローチです。例えば、バックホウの自動運転システムであれば、3Dデータに土の硬さや柔らかさ、地面の形状、残留土量など、多様な条件を設定した上で掘削のシミュレーションを繰り返します。その結果を実際の現場と照らし合わせて改善を進めています。

岡本:建設機械の自動運転に関する法整備の状況はいかがでしょうか。

冨山:今まさに国土交通省の主導によって「建設機械施工の自動化・自律化協議会」が開催されており、議論が進められています。私たちは、自動運転をするエリアを定義した上で建設機械を動かし、検証を進めていますが、こうしたエリアを区切った実証実験は比較的に承認が得やすくなってきていると思います。

ただ、移動式クレーンなど、人が多く集まる現場付近で使用される建設機械は事故のリスクが考えられるため、法整備や製品保証の面でクリアしなければならないハードルは多くあると感じています。

【おわりに】

株式会社DeepX 冨山翔司氏へのインタビュー前編はいかがでしたでしょうか。

前編では起業経緯や様々な活動事例についてお伺いしました。
ひとくちに「建設機械の自動化」と言っても、ニューマチックケーソンのケーソンショベル、バックホウ、クレーンなど、機械の種類も様々であり、それぞれ全く別物といえるほどの違いがあることもわかりました。
また、遠隔操作と自動化の違いにも触れ、自動化による生産性向上への寄与の度合いが非常に大きいこともお伺いできました。

後編では、他の建設機械への展開可能性や、建設機械の自動化について建設業界として取り組むべきことなどについてもお伺いしています。ぜひご期待ください。