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カナダの林業学校に行こう。

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軍隊並に厳しかったカナダの林業学校で過ごした日々について。
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#海外移住

森での一夜【完全版】

周囲を見渡すと既に闇に覆われていた。焚火の炎だけが目の前で揺らめく。人の声も動物の鳴き声もここまで届かない。空気が冷たく澄んでいる。静寂の中、風に吹かれた樹々が、時折ざあざあと音を立てる。普段は、喧しいぐらいのクラスメイトが誰一人いなくて、ひどく心細い。森の中では、何だか自分が弱くなったような気がする。目の前に視線を戻す。ジジジッと炎が音を立てた。 林業学校のカリキュラムの一つであるブッシュクラフト。自然の中にあるものを利用し、森や自然の中で過ごすための技術。このクラスでは

夜明け(「森での一夜」より)

「森での一夜」より バスの集合場所にのろのろと歩いて行くと、人影が見える。クラスメイトのトーマスが僕に向かって手を振っている。手を振り返し、周りを見渡す。僕ら二人以外にはまだ誰もいないようだ。「森での一晩はどうだった?」と聞く。トーマスが「一晩中起きてた。早く帰りたくて、集合場所に一番乗りした」と眠そうな目をこちらに向けて答える。ああ、僕だけではなかったのか。何かしゃべろうとするが、言葉が上手く出てこない。固いネジか何かで頭がきつく締められているみたいだ。沈黙が流れる。そっ

夜明け前(「森での一夜」より)

「森での一夜」より 空が白み始めた。倒木に座りながら辺りを見渡す。真っ黒だった暗闇が少し薄らいでいる。目の前の焚火は小さいが、じんわりと身体に熱が伝わってくる。夜中に目が覚め、その後はずっと眠れずに焚火の前で時間をつぶしていた。頭がぼんやりとして鉛のように重い。唇はかさついて、少し痛い。昨晩、歯を磨けていないから、口の中が妙に粘つく。気持ちが悪い。バックパックからペットボトルを取り出し、口に水を含む。ペッと勢いよく吐き出す。バスの集合時間は6時だったが、帰り支度をもう始めよ

夕暮れ時に(「森での一夜」より)

「森での一夜」より 足の指先にチリチリとした痛みを感じる。目を開けようとするが、瞼が重い。ゆっくりと目を開けると暗闇が広がっていた。頭の上に手を伸ばし、ヘッドライトをONにする。手元がパッと白い光で照らされる。腕時計を見ると、既に1時を過ぎていた。気づかないうちに少し眠っていたようだ。上体を起こそうとするが、思うように動かない。バキバキと音を立て、折れてしまうのではないか。重い身体をスローモーションのように動かす。横になった時、眼鏡をどこかに置いたはずだ。しかし、頭がぼおっ

森の夜に吠える(「森での一夜」より)

カナダの森で一夜を過ごす。周囲を見渡すと既に闇に覆われ、焚火の炎だけが目の前で揺らめく。人の声も動物の鳴き声もここまで届かない。空気が冷たく澄んでいる。静寂の中、風に吹かれた樹々が、時折ザァザァと音を立てる。普段は、喧しいぐらいのクラスメイトも誰一人いなくて、心細い。目の前に視線を戻す。ジジジッと炎が音を立てた。 11月のカナダの森では雪は積もらないが、兎に角寒い。森で一夜過ごすのであれば、一晩中火を絶やさないこと。これがマストだ。 夕方に、もみの木の葉と小枝をかき集め、さ

夏の終わりに虫と戯れる

新卒で入社した会社を年末に辞めて東京から実家に戻ったが、手持ち無沙汰の日々が続いた。手持ち無沙汰と言うよりも、何となく何も手につかず、落ち着かないと言うほうが正しいのかもしれない。何年かぶりの自分の部屋は、高校卒業後に家を出た時とほとんど変わらない。 何日かすると部屋でじっとしていることに耐えられず、ジャケットを羽織り、用もないのに家を出る。とは言っても、都会と田舎でもないこの地元に遊べる場所なんてほとんどない。それでも、少し外の空気を吸いたくて、玄関横に停めてある父の自転車

生態系の中で生きる

自然は偉大であり多くのことを教えてくれる、と言われる。最近のアウトドアブームを考えると、皆何かを自然の中に求めて、山や森に入ろうとしているのかもしれない。 確かに、自然は先生のような存在なのかもしれないが、都会に住んでいるとあまりその実感が湧かないのではないだろうか。 例に漏れず、僕も自然の偉大さや自然そのものを実感する機会に恵まれずに人生を送ってきたが、カナダでの夏休みに森で虫を捕り、植物を採って自然の中で過ごしたら、自分も生態系の一部なんだよなと感じることができた。 _

「サブウェイ行こうぜ」

必要な買い物が終わったので、昼ご飯に何か食べようと家族連れで賑わうフードコートをうろうろする。ラーメンにカレーにチャンポンにマクドナルド。日本のフードコートは、選択肢が多い。そういえば一階の隅にサブウェイがあった。サブウェイのサンドイッチはカナダでもう飽きるぐらい食べたな。食べ物の思い出は、強く記憶に残る。どこでも食べれるのにこのサンドイッチを食べると、色んなことが今も鮮明に思い出される。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

カナダの家族

カナダで過ごす中で、彼らの家族の絆に触れた。一人でいる方が気が楽ではある。彼らとの温かい繋がりに触れて、少しずつ家族や友人の大切さを感じることができた。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 学期のラストの講義が終わると、クラスメイトは解放感が混じった歓声を上げている。荷造りもせずに、服だけ車に放り込んで我先にと車に乗りこみ、一目散に家族が待つ故郷を目指すのだ。何人かのクラ

カナダのソウルフード

"I'm going to Timmies. Do you want anything?"(ティムホートンズ行くけど、何かいる?) カナダ人の愛情表現は、こんなふうだとか。 Timmiesは、ティムホートンズという珈琲ショップ。カナダのそこかしこに在る。赤いカップを手にした人々。カナダ人は、この珈琲を心から愛している。ソウルフード。ソウルドリンク?飲めば、カナダに溶け込む。濃い目のブラック。どんな時もこの珈琲を片手に。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

チームの中で役割を探す

枯れ葉の中からバネ式のネズミ捕りを取り出し、罠にかかった小動物を手袋をはめた手で恐る恐る掴む。「これってDeer mouse(シロアシネズミ)?Woodland jumping mouse?」クラスで習ったネズミの名前を言いながら、隣でしゃがんでいる友人のジムに声をかける。ジムは「どっちだろうね?」と言いながら無造作にネズミをジップロックに放り込んでいく。僕らの課題は、指定された森のエリアでネズミ捕りをしかけ、学期をかけて罠にかかった小動物の種類と個数の統計をとり、レポートに