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マーケティングにおける『分断の壁』の存在 ~ 勝利の方程式を信じるな。

February 2, 2022

BtoB SaaSのビジネスにはいくつか体系化された「成功モデル」のようなものがある。多くのスタートアップ(大手企業も)の間では、この「成功モデル」が絶対的なものとして扱われがちである。

その1つが潜在顧客から見込み顧客に至るまでの「ナーチャリング」のモデルである。

簡単に説明すると広告やセミナーなどのマーケティング活動を通じて獲得した潜在顧客をナーチャリング(=育成)して、真の顧客に育て上げ、契約に繋げようというもの。

以下の図のように非常にきれいに体系化され、わかりやすくシンプルで、一見正しいように見える。

個人は育成されても、企業や組織は育成されない

企業の意思決定は非常に複雑で、単に個人が「欲しい」というだけでは契約には至らない。提供するプロダクトの種類や金額によって、様々なレイヤーの人たちに合意をとって進めないといけなくなる。ある程度小規模なグループで利用されるツールで金額もそれほど高くないようなものであれば、個人や少人数のメンバーが「欲しい」と思えれば購入に至るかもしれない。しかし、企業の業務プロセスの根幹に関わるものであると、様々な部門との調整が必要なる。

ナーチャリングモデルが嵌るものも当然あるが、BtoBのプロダクトにはそう簡単には行かないものも多い。当社(スペクティ)のサービスは後者の方に近い。

展示会やセミナー、Webサイトのホワイトペーパーなどで獲得した潜在顧客(=コールドリード)をいくらナーチャリング(育成)しようとしても、一向に見込み顧客(=ホットリード)にならない。BtoB SaaSを提供する企業で、そんなことを感じている人も多いのではないでしょうか。スペクティでもコールドリードとホットリードの間には「巨大な溝」が存在していることをこれまでの実績データやそして体感としても、それを感じている。

コールドリードの99%は永久にコールド

スペクティでは直近半年くらいで、Webセミナー等から5千~1万件のいわゆる「リード」を獲得している。それ自体はマーケティング部門がとても優秀であることに他ならない。一方でこの「リード」から、インサイドセールスの部門などが努力して(ナーチャリングして)、契約に結びつく可能性の高い「ホットリード」となったのは1%程度だった。

スペクティの直近の契約を見ると、クチコミ経由や直接のお問い合わせなど、マーケ→リード→ナーチャリング→契約といった「成功モデルの理想形」からはまったく外れた経路をたどったお客様が多い。つまり、多くの場合、「コールド」を温めても「ホット」にはならなず、「ホット」は最初から「ホット」なのである。

『The Model』の理想形にはならない、「分断の壁」の存在

セールスフォース社の成功モデルとして有名な『The Model』、これはマーケが集めてきたリードをインサイドセールスがアタックし、そこから案件化したものをフィールドセールスがフォローして契約に結びつける、さらに契約後はカスタマーサクセスのチームがフォローし継続率を上げるという、SaaSビジネスの理想形を表したものである。非常にわかりやすくシンプルにモデル化されており、誰でもそうだなーとわかったような気分になる。ただ、実践してみると、なかなかそのようには行かない。(このモデルをうまく回せている会社も当然あるとは思うが、うちには当て嵌まらない)

先に話したように、リードをたくさん集めてきても、殆どがナーチャリングできず、コールドはコールドのままになってしまう。つまり、『The Model』でいう、インサイドセールスからフィールドセールスへの橋渡しができないのである。

「リード」の中に見込み客は存在しないという現実

BtoB SaaSにおける「正しい」と言われるマーケティング手法はオンラインやオフラインの「セミナー」、Webサイトの「ホワイトペーパー」などを通じて「リード」をたくさん集めることである。しかし、そもそも根本的なところに立ち返ってみると、「セミナー」や「ホワイトペーパー」を経由して来た人は、そのテーマに関心がある人であり、必ずしもその会社が提供しているプロダクトやサービスに興味があるというわけではない。ユーザーは購入意欲をもって訪れたわけではなく、あくまで興味関心の先は、そのセミナーやホワイトペーパーの内容である。

コールドリードの99%は永久にコールド、温めてもホットにならないという本質はそこにあると思っている。だからこそ、インサイドセールスが頑張って温めて、案件化してホットになったらフィールドセールスに渡すといった『The Model』の方程式はうまく行かないのである。

大切なのはナーチャリングよりセレクション

あくまで当社(スペクティ)がどうやっているかではあるが、温めてもホットにならないのであれば温めることをやめよう。つまり、ナーチャリングという概念を捨てよう!である。

様々な施策から獲得した潜在顧客の中から、契約の可能性が高い顧客だけを抜き出し、その顧客に確実に魅力を伝え、契約に繋がるようフォローする。その一点に資源を集中させる。むやみにリードを獲得するようなマーケティングや、ナーチャリングのために消費されるインサイドセールスの膨大な時間と労力、これらを極力抑え、できるだけ「可能性の高い」顧客の獲得とそのフォローにコストを掛けていく、スペクティがやっているのはまさにこれである。

誰かが作った公式に踊らされるな

成功モデルを公式化したがる風潮がある。企業の成功をモデル化し、1つの「もっともらしい」公式を作ることで、誰でもその公式に従えば成功するかのように思えるからである。いつしか、その公式が絶対的ルールのように扱われ、業界や投資家の間で言われるようになる。あげく、その公式に則らないやり方はダメだと言われる。

公式はとてもシンプルで明解で、誰にでも受け入れられやすい。そもそもそのように作られている。複雑なものは理解されにくい。しかし、経営の現実は非常に複雑である。考慮しなければいけない変数が無数に存在する。方程式の「X」に数値を入れれば答えが出るといったシンプルなものではない。

たとえば、『The Model』で成功しているとされるセールスフォースとスペクティではそもそも置かれている環境が違う、戦力が違う、社員数も個々の能力も違う、プロダクトも違う、顧客となる業界も違う、使われる部門も違う、国も違えば時代も違う、その他様々な違いがある。つまり考慮しなければいけない変数がかなり違うのである。同じ環境下ではないので、同じように再現されるわけではない。『The Model』は、セールスフォースはそれで成功したというだけである。サッカーのバルセロナがパスサッカーで成功したからと言って、日本も同じようにやれば勝てるというわけではない。

勝利の方程式は自分で作る

誰かが作った方程式はその環境下において正しいのであって、他の環境条件にそのまま適用できるわけではない。成功モデルは「成功した」という事実から学び取れることはいっぱいあるが、自社に適したものは自社が経験した「成功」・「失敗」の過程から、作り出していくものだと思う。その上で他社の成功モデルは参考にはなるが、あくまで「参考」である。自分たちが勝てる勝利の方程式は自分たちで作るしかないのである。


筆者について

村上 建治郎 / 株式会社Spectee(スペクティ)代表取締役CEO

米ネバダ大学理学部物理学科卒、早稲田大学大学院(ビジネススクール)修了 MBA / 防災士
ソニーグループにて、オンライン・デジタルコンテンツの事業開発を担当。2005年米医薬品開発会社Charles River Laboratoriesに入社し、日本企業向けマーケティングに従事、2007年シスコシステムズに入社、パートナー営業などを経験。2011年東日本大震災の発生直後から災害ボランティア活動を続ける中で、被災地からの情報共有の脆弱性を実感。被災地の情報を正しく伝える情報解析サービスの開発を目指し、ユークリッドラボ株式会社(現・株式会社Spectee)を創業。著書に『AI防災革命』(幻冬舎)
https://spectee.co.jp



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