夜空の幽霊船

 夜風がとても心地よかった。春の夜空にはハラハラと星が輝いていた。星々の間には赤く点滅する孤独な光が高速で移動している。飛行機だ。それがぼくの額のずっと先を通過する時、「ゴーッ」というくぐもった轟が、ぼくを覆う夜空の天蓋を細かく振動させていた。

 ぼくははるか上空を通過する飛行機を見ると、少しのあいだじっと眺めるという奇妙な癖があった。そして、ぼくは飛行機に乗る彼らの一人一人について想う。

 彼らはそれぞれ行き先を持っていた。彼らはそれぞれに帰るべき家があり、向かうべき現場があり、楽しむべき旅行先があった。彼らは1人の人間として飛行機に乗り合わせ、大量の乗客と共に、人知れず運搬される。

 ぼくは彼らの一人一人のこうした不条理について強く絶望する。なぜなら、そこには個性というものが救いようもなく存在しないのだから。匿名で大衆消費的で無個性な夜行でしかなかった。

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