風が吹いていた。

 オレンジの木から親指の爪くらいの大きさの茶色く腐食した小さなオレンジが落ちるのを目撃した。

 「ボトッ」というくぐもった音と共に僕はしばらくのあいだ動けなくなってしまった。

 なぜなら、周りでそれを見ていた血色の良い無数のオレンジたちは、春の柔らかい日差しの中でイキイキとその身体を曝け出していたからだ。

 落下したオレンジは誰にも気づかれずにコンクリートの隅にに打ち捨てられていた。

 そして、いつのまにかぼくは硬質なコンクリートの上で風に吹かれていた。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?