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レントシーキング社会における低い生産性
勿凝学問425
「年金財政における経済前提に関する専門委員会」というのが、社会保障審議会年金部会の下にある。5年に一度の公的年金の財政検証という投影(プロジェクション)を行う際の経済前提を議論する会議である。
第4回専門委員会(2023年6月30日)では、法政大学の山田久先生が招かれ、「スウェーデンの賃金・雇用システムとわが国への含意」を話された。
山田先生の話の核は、「産業、雇用構造がダイナミックに変化して実質労働生産性が向上する。その実質労働生産性の向上の果実を賃金という形で労働者に適正に配分してきたという、まさに経済原理そのものに忠実にやってきたというのが、一言でいえば、スウェーデンの少なくともこれまでの成功の背景にあった」というものであった(講演録を含む全体の議事録)。
そのとおりで、あの国は、レントシーキング社会という性質とはほど遠いところにいる――『もっと気になる社会保障』知識補給「成長はコントローラブルなものなのだろうか」などを参照。
あの会議が開かれた6月末頃、いわゆる「年収の壁」対策として補助金を出す案を年金局が検討しているという話がメディアで報道されていた。そこで、日本のように、企業、支援者から求められたら、はいはいと補助金を出す、市場規律とはほど遠いレントシーキング社会を続けていたのでは(付加価値)生産性というのは上がらないよっというコメントをする。
第4回年金財政における経済前提に関する専門委員会における発言(2023年6月30日)
権丈委員
ちょっと声が出ないのだけれども、申し訳ない。
山田先生、どうもありがとうございました。私、30年ぐらい前に、どうして大きな福祉国家が生まれてくるのだというのを分析していたときに、どう見ても貿易依存率が高い小国が大きな福祉国家になるんですね。人口規模が小さいヨーロッパが福祉国家になっていく。政党とかは余り関係ないです。小国が生きていくためにどうすればいいかという結果が福祉国家であったし、経済政策としての積極的労働市場政策だったというのが私の中での納得していたところです。
先ほどの深尾先生の説明から言うと、ナショナルセンターはめちゃくちゃ強いです。ナショナルセンターがめちゃくちゃ強くて、個別の企業とかには言うこと聞かせます。例えばインフレ時には、ナショナルセンターは、個別の企業に賃上げをおさえる所得政策への協力を強います。このナショナルセンター、労働組合はいわばずっと与党です。生産性の強化を求めて小国に大企業が生まれたから、必然、労働組織率は高まりました。よって与党になったから、ああいう国の労働組合は理性的であって、個別の企業のわがままなんか聞きません。与党である労働組合が圧倒的に強く、自国が生きていくための方法を合理的に考えていくという形で、個々の労組を従わせていくことになるのですね。
それが山田先生のおっしゃる経済のロジックどおりの経済政策が展開されていくということになるし、私は、経済規律とか市場規律とかいう言葉を使っています。要するに、ドイツをはじめとした周辺、世界の大国と経済戦争をしているわけです。旧式の武器を使って戦うわけにはいかないのですね。いかにスムーズに新陳代謝を図っていくかということで彼らは経済政策を展開していく。労働市場政策を展開する目的も、古い武器を新兵器にどうやってスムーズに入れ替えることができるかというような視界でやっていくことになります。
そういう意味で、トップの与党としての労働組合のところから経済システム全体の、インセンティブ・コンパティビリティと僕たちは呼ぶわけですけれども、誘引が一貫しているのですね。日本のように、付加価値生産性を上げなければいけないといって、付加価値生産性が低いところからねだられたら補助金を出すというようなことはやらないです。それがあの国を強くしているというか競争力、要するにヨーロッパの小国の福祉国家の経済を強くしているところにもなっているというのが私の納得している仮説なのですけれども、ぜひ今日の山田先生のレーン・メイドナー・モデルみたいなものも、年金部会でも説明してもらいたいし、資料も配付してほしい。
このインセンティブ・コンパティビリティ、誘因両立性というのはとても大切です。ですから、この会議の中での経済前提として議論すると、外生的に設定する生産性の前提として、レントシーキング社会であり続けるか、レントシーキング社会を脱却するかという2つの前提を置いてもいいぐらいですね。
おねだりすれば補助金もらえるというような社会であれば、生産性は上がりません。日本は大国であり、スウェーデンのような小国と比べて貿易依存率が非常に低く、国内市場が大きかった。そういう日本だから余裕を持って生産性が低い企業を保護して抱え続けることができたわけですけれども、スウェーデンのような小国はとにかく規模の経済を働かせて付加価値生産性を高めていかなければいけないということを明確に意識しながらやっていた。そのためには、先ほどボルボも助けなかったという話も出ましたけれども、レーン・メイドナー・モデルの中で中央で決められた賃金以下のところの企業は、労働者は守るが経営者は切っていきます。
私は昔から、適用拡大は成長戦略だということを言っているわけですけれども、適用拡大になりました、人が集まりません、お金ください、はい、あげますということをやっていたらば、成長の足を引っ張ります。成長という上位の目標とインセンティブ・コンパティビリティに違反するということになります。
ということで、経済前提と結びつけるというのであれば、私は、全要素生産性の仮定というのはレントシーキング社会であり続けるか、それともそれを脱却するかというぐらいの大きな意味を持っている示唆を、今日はいただけたのではないかと思っております。
以上です。
いま、何が起こっているのか
レントシーキングをキーワードとする「年収の壁」の話は他にも
「年収の壁」話と最適不明瞭性の原理(2023年3月3日)
社会保障への政策スタンスと経済政策
あの日の発言の中にある「30年ぐらい前に、どうして大きな福祉国家が生まれてくるのだというのを分析していた」という話は、次にまとめている。
『再分配政策の政治経済学Ⅰ――日本の社会保障と医療』(2001)「第3章 社会保障と経済政策――平等イデオロギー形成の事実開明的分析」
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