見出し画像

修士論文:スウェーデンのマツタケと林業経営

日本の秋の味覚として「マツタケ」を思い浮かべる方は多いだろう。でも、今では(注:2013年時点)その9割以上が輸入品となっている。さらに面白いのは、輸入品の「マツタケ」は実は3つの異なるキノコがあること。

日本の国産のマツタケは学名 T.matsutake 。マツタケの言葉がそのまま入っている。これが日本人が思い浮かべるマツタケ。

北米から入ってくるものは学名 T.magnivelare。そして、トルコ産やモロッコ産は T.caligatum が多い。単価が比較的安いものはこれらの品種かもしれない。本来、似ているとはいえ別の品種なので、「マツタケ」と表示するのはちょっとどうかと思うけど、商慣習上そうなっている。

さて、スウェーデンのマツタケ。90年代後半になって、スウェーデンやフィンランドに自生している学名 T. nauseosum と呼ばれていたキノコが、実はDNA鑑定の結果、日本の国産マツタケ T. matsutake と同じものであるという研究成果が発表され、急に脚光を浴びるようになった。1998年にはスウェーデン産のマツタケの輸出が始まっている。

さて、そもそもなぜマツタケの値段が高いままなのか?
国産マツタケは市場価格キロ3万円前後でここ数年(2013年時点)推移している。これは、日常よく使うキノコ類の20倍から100倍ぐらいの値段なのだが、理由は「人工栽培できない」ということ。マツタケは江戸時代から人工栽培のとりくみがあったようなのですが、いまだに成功した事例は聞きません。

こういった高価なキノコの経済効果は、山村地域では馬鹿にならない。スウェーデンでも、収穫のシーズンになると販売目的でマツタケ狩りを行う人が20-30名はいるのだが、実際のところ、どのぐらいの経済効果があるのかというのを評価した研究は今までなかった。それじゃ、それに挑戦してみよう、というのが、僕の修士論文のテーマ。

結果、マツタケが良く出る場所では、林業経営による収益の倍近い経済効果がある、ということになりました。ちなみに、ここでいうマツタケの経済効果には、キノコの販売による収益だけでなく、リクリエーションとしてのキノコ狩りの効用も含まれています。このテーマについては日本やアメリカの先行研究があるのですが、試算方法がそれぞれ異なるので、単純比較は難しいけれども、少なくともマツタケはどの国でも林業経営にとって無視できない経済価値がある、ということはいえます。

それでは、スウェーデン産のマツタケの輸出はこれから増えていくのか、というと、おそらくそうはならないというのが僕の見立てです。

スウェーデンでも、かつての日本と同じようにマツタケビジネスはそれなりに儲かる可能性がある!というのが試算結果でした。

でも実際のところ輸出は増えそうにありません。これには"allemänsratten"というスウェーデンの慣習が関連します。

この権利は、自然環境を誰もが自由に使っていい、というもの。常識的なルールを守りさえすれば、キャンプしたり、釣りをしたり、キノコやベリーを採取することができます。常識的なルールというのは、必要な量だけを採取したり、焚き火の後始末をきちんとしたり、周りの人に迷惑をかけたりしない、ということ。もともとは慣習だったのですが、1964年に施行された自然環境保護法Natural Conservation Lawsで明文化されました。

なぜ、こういう慣習が生まれたのか、その背景には、広大な原野・森林の中にまばらに家屋敷が点在するというスウェーデンの地理的・歴史的な背景があります。スウェーデンの面積は日本の1.2倍、それに対して人口は12分の1に過ぎません。しかも、スウェーデン人の友人の話によると、中世、ある王様が農民が固まって住むのを禁じたことがあったとか。そういう環境の下、旅をする人々の便宜を図るというのが出発点のようです。

面白いのは、地域によって、どのぐらい収穫してよいかが決まっていて、スコーネ地方ではヘーゼルナッツは帽子一杯までOKなのだけど、東ゴットランド地方では手袋の親指の付け根までしかだめだよ、ということだったようです。

このallemänsratten、時代を経る毎に運用形態も変化しています。そして、いくつかの重要な禁則事項があって、例えば、家の敷地内についてはこの慣習は適応されません。

スウェーデンのallemänsrattenについて詳しく知りたい方には、以下が参考になるかと思います。日本語でも「自然享受権」などのワードで検索すると解説記事が出てきます。

Swedish Environmental Protection Agency のウェブサイト
People’s outdoor behavior and norm based on the Right of Public Access: a questionnaire survey in Sweden

をお勧めします。

このにallemänsrattenには当然マツタケも含まれます。ここで考えなければならないのは、「誰でも採取できる」ということは、逆にいえば「これは私のものである」ということが出来ないということ。そこの土地の所有者であるかどうかはまったく関係ありません。常に早いもの勝ち。こういう状況では、マツタケが多くでるようにマツ林を維持管理する、などという発想はまったく生まれません。出来るだけ早く、あればあるだけ、とにかく取りきってしまう、というのが、もっとも合理的な行動になります。

日本の場合、マツタケを収穫する権利が毎年収穫シーズンにオークションにかけられる、ということがよくあります。この場合、収穫する権利の持ち主はその山が所属する集落であることが一般的で、収入を使って公会堂や道路整備が行われてきました。山の所有者がマツタケの権利も持っているというケースもあります。スウェーデンとはまったく違ったマツタケのルールが発達しています。

このようなルールの違いがどうして生まれたのか、というのは面白いテーマだし、スウェーデンの例で言えば、マツタケについてはallemänsrattenの例外にする、といった対策は考えられなくもありません。実は、スウェーデンの自然享受権の中には狩猟は含まれていません。鹿などの狩猟権は森林所有者が持っています。これの収入はばかにならないのだ、ということをある森林所有者から聞きました。

マツタケの権利については、以下の論文がとても参考になります。
Bidding Customs and Habitat Improvement for Matsutake (Tricholoma matsutake) in Japan


オリジナル記事公開日:2013年9月18日


追記(2024年6月13日)
これで修士課程は修了。以前書いた記事もここまでです。10年前に考えていたことを今読み直すと、経験不足、知識不足が目につきますが、楽しく勉強、研究していた日々を思い出します。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?